ユマニチュードというフランス発の介護術が注目されている。認知症の人が劇的に変わるのだ。

 会場に女性の叫び声が響いた。

「なにをするの!?」

 今年5月、東京都内で開かれた第15回日本認知症ケア学会。スクリーンに映しだされた映像では、看護師2人が認知症の高齢女性の体をシャワーで洗おうとしていた。女性は水が冷たいと必死に訴え、助けを求めて声の限りに叫ぶ。お湯は温かい。もちろん乱暴にもしていない。

 ところが、フランス生まれのケアメソッド「ユマニチュード」を学んだ看護師が入浴介助をすると、女性は別人のように穏やかにシャワーチェアーに座り、お湯を浴びている。そして、「さっきはね、怖かったの」と看護師に心情を語った。

 認知症があって、攻撃的になっていた人が穏やかさを取り戻す。寝たきりで、話しかけてもほとんど反応しなかった人が問いかけに答え、笑顔も生まれる。

 ユマニチュードが奇跡のような変化を生むのは、根底に「人とは何か」「ケアする人とは何か」という哲学があるからだ。

 ユマニチュードの基本の柱は「見る」「触れる」「話す」「立つことを援助する」の四つ。

「見る」は、同じ目の高さで正面から、顔を近づけて長く(0.4秒以上)、見つめる。視野が狭まっていることもある認知症の人が、見つめられていることが分かるように。

「触れる」ときは、広い面積で触れる。手首をつかむなど狭い面積だと、痛みや驚きを与えてしまうからだ。優しく、ゆっくり、少し重みをかけるようにして安心感を与える。

「話す」ときは、やわらかな抑揚と低めの声で話す。嫌な気持ちにならないよう、ポジティブな言葉を選ぶ。入浴や着替えなどで触れるときは、反応がなくても黙って行わない。実況中継するように、次にすること、今していることなどを、溢れるほどの言葉で話しかけながら行う。

「立つことを援助する」のは、寝たきりでは筋力も認知機能もみるみる衰えてしまうからだ。

 暴言や暴力など、認知症の行動・心理症状と呼ばれるものは、認知機能が低下して状況の理解がスムーズにいかないために、恐怖や不安を感じて自分を守ろうとしている「表現」というのが、認知症ケアの考え方だ。

 ユマニチュードの柱は、ケアする人が認知症の人の恐怖や不安を取り除き、絆をつなぐコミュニケーションの基本ともいえる。だから、ケアする人が認知症の人を脅かす存在にならずに済む。しかも、習熟は必要だが、意識すれば誰でも実践できる。

AERA  2014年8月4日号より抜粋