17人の死傷者を出した秋葉原連続殺傷事件から6年が過ぎた。カメラを通して、一人の被害者を見つめ続けた学生たちの映画が、この秋、完成する。
テーブルの上の便箋(びんせん)に、ボールペンを走らせる男性。草稿や細切れの思いをつづった書きさしのノートは、もう6冊目になる。それでもペンは思うように進まない。
やがて、傍らにいる伊藤僚太郎さん(22)が、ビデオカメラを静かに男性に向けた。ファインダー越しの顔には、苦悶とも焦りともつかない、複雑な心情が浮かんでいる。
被写体の男性は湯浅洋さん(60)。2008年6月8日、東京・秋葉原の歩行者天国で、加藤智大被告(31)=一、二審ともに死刑判決、上告中=に刺された。加藤被告が暴走させたトラックにはねられた被害者を介抱していた。7人が殺害され、10人が重軽傷を負った凶行の中で、一命を取り留めた。
湯浅さんの姿を追う伊藤さんの横には、音声の白沢文晴さん(23)、監督の大引勇人さん(26)。3人は日本映画大学(川崎市麻生区)の卒業制作として、これを撮影している。
彼らが湯浅さんに取材を始めて1年余りになる。事件について、何度も話を聞いた。生い立ちや家族のことも。加藤被告の足跡を追って、高校まで過ごした青森、職場のあった静岡など、各地でカメラを回した。撮りためた映像は約40時間に及ぶ。これらを40分間の作品に編集し、秋に完成させる計画だ。
「許せない」「死刑にしてほしい」…。報道や裁判などの記録で事件を振り返りながら、被害者や遺族の激しい感情にふれた。その中で、加藤被告と対話することで事件に向き合おうとする湯浅さんに出会った。
「背後から刺された湯浅さんは事件当時、加藤被告の顔を見ていない。『だから被害者意識は薄い』と言うんです。コミュニケーションをとろうとする姿勢は、そうした経緯からもきている。そこに関心を持ったんです」(大引さん)
加藤被告がこれまでに公判で語った内容や出版した3冊の手記は、「被害者として納得できる内容ではない」(湯浅さん)。だからこそ、手紙や面会といった形で加藤被告と直接向き合う機会を何度も求めた。しかし、拘置所から前向きな反応はない。
次第に手紙を書くこともはばかられるようになった。被害者としての思いがあふれるばかりで、手紙や文章という確かな形にならない。書きさしのノートは、こうして積み上がった。
※AERA 2014年8月4日号より抜粋