質の高いサービスを提供することで話題の星のリゾート。代表の星野佳路氏に、親から温泉旅館を引き継ぎ、今のビジネスを築き上げるまでを聞いた。
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曽祖父が長野・軽井沢につくった旅館のバトンは、祖父、父を経て私に託されました。しかし、私が継いで2年で、「基盤」であるはずの従業員の3割が辞めてしまった。
家業は危機的状況でした。バブル期にピカピカのホテルや旅館が生まれ、古い旅館は見向きもされません。「未来をつくるために若者を採用せねば」と上下関係のないフラットな組織に変えたら、昔からの従業員が次々に辞めた。でも、私は止めなかった。そして5年間、就活生向けの合同説明会に参加し続けました。「変化」のためです。
代々受け継いだ建物も取り壊しました。歴史も思い出も詰まっていましたが、ファミリービジネスとノスタルジーを追うことは別ですから。
そして、おもてなしの定義を考え尽くした。アメリカの高級リゾートではお客さまの要望は「絶対」ですが、私はすべての要望に応える必要はないと思いました。「茶の湯」の世界の「主客対等」という考えに倣えば、むしろ自分のこだわりを伝え、お客さまが思いもしない「目が覚める」感覚を味わってもらうのがおもてなしだと考えたのです。
2005年にリニューアルした「星のや 軽井沢」にはテレビがありません。私は、「非日常のあり方」をお伝えしたかった。オープン当初は半数のお客さまが「テレビは?」と言いましたから、長く旅館を支えてくださった方の期待には背いたかもしれません。でも1年後には、「これはいい」というお客さまばかりになりました。アメリカのホテル関係者に「これがおもてなしだ」と伝えたら、「恐れ入りました」と(笑)。
※AERA 2014年6月2日号より抜粋