今年6月にインタビューしたとき、やなせたかしさんは冗談めかして何度も言った。
「俺は間もなく死ぬんだよ。人には天命があって、どうもここらで尽きるみたい」
94歳。がんや心筋梗塞、膵臓炎などいくつもの病気を経験し、何度も入退院を繰り返しながら、それでも制作活動を続けてきた。そのアンパンマンの生みの親が、自らの天命を予期していたかのように、今月13日に死去した。
やなせさんの作品を出版するフレーベル館のアンパンマン室長、天野誠さんによると、やなせさんは亡くなる10日ほど前にも、11月に発売予定の『やなせたかし大全』の「あとがき」についてやりとりするなど、ギリギリまで仕事をしていた。これまでの入院中にも、病室から様々な指示を出し、どんな病気のときでも原稿の締め切りに1日も遅れたことがなかったという。天野さんは振り返る。
「本当に仕事の好きな方でした。とにかく人が喜ぶことが大好き。自分の作品で多くの人を楽しませたいという一心で、最期まで仕事を続けていたんだと思います」
やなせさんは体調不良もあり、90歳を過ぎて一時、引退を考えたこともあった。生前葬や責任編集する雑誌での追悼号まで計画していたが、直後に東日本大震災が起きた。
「被災者のことを考えれば、自分が引退なんて言っていられない。命ある限り全力を尽くしてやろうと、そう決めたんだ」
やなせさんは、6月のインタビューで語っていた。その中で、やなせさんは「本当の正義とは何か」という話もしている。
「そこにひもじい人がいれば一切れのパンをあげる、そこにおぼれそうな人がいれば助けてあげるということ。(中略)決して強くはない人が、自分が傷つくことも覚悟して、それでもやらずにはいられない、それこそが正義だと思う」
アンパンマンに込めたのはまさにこの哲学だ。アンパンマンは困った人を見つけると、自分の顔の部分のアンパンを差し出して助ける。顔の一部がなくなると、たちまち弱ってしまうという設定だ。晩年、体調を崩しながらも、読者を喜ばせるために、被災地を元気づけるために、亡くなる直前まで活動を続けたやなせさんの姿は、まさにこの“アンパンマン哲学”に通じる。
アニメでアンパンマンの声を担当した俳優の戸田恵子さんは、やなせさんの死去を受けてこんなコメントを出した。
「やなせ先生こそがアンパンマンそのものでした。いつでも優しさで私達を包んでくださり、分けあうことを教えてくださった(以下略)」
6月にあったアンパンマンの最新映画の完成披露試写会で、ステージに登場したやなせさんは、マイクを片手に歌い踊り、会場を笑いに包んだ。同月のインタビューでは、耳が遠いため、紙に書いた質問を補助として見ながら、懸命に答えてくださった。最期まで哲学を貫いた。そんな生き様だった。
※AERA 2013年10月28日号