夏の時期を北アルプスで過ごす、山ガールならぬ山小屋ガールがいる。中には都会の会社員生活から一転、山で働くことを選んだ女性もいる。彼女たちの仕事ぶりを追った。
谷から吹き上げてくる冷蔵庫を開けた時のような風に、高山植物のチングルマの綿毛がそよぐ。登山口から約8時間半、喘ぎながら歩き続け、もうこれ以上は無理…と思った頃、稜線の彼方に双六小屋の赤い屋根が見えた。
戸を開けると「お疲れ様でした!」と明るい声がして、サラサラの髪にグリーンのヘアバンドをした女性が迎えてくれた。上中(かみなか)里美さん(32)。愛知県の出身で、この双六小屋で働くのは今年で4年目。美大を中退後、結婚式場に勤め、25歳の頃に登山を始めた。結婚式場は夏の間は閑散期となるため、その期間を利用して小屋に働きに来た。登山経験があるとはいえ、町から遠く離れた山小屋での仕事はつらくはなかったのだろうか。
「それが夢みたいに楽しかったんです。帰る時には、来年も絶対来るって決めていました」
2年目からは前職を退職し、夏は双六小屋で、冬は鳥取県のスキー場近くの宿で働いている。
「お客さんから『いい小屋だったよ』と言ってもらえるのもうれしいし、山の話をするのも楽しい。今では入山時に小屋が見えただけで、帰ってきたなあ…と思うようになった」
広島県出身の小川智絵(ちえ)さん(31)は警察犬の訓練士などとして働いた後、派遣社員を経て、去年小屋にやってきた。
「山や自然が好きで、いつかは山で働いてみたい…と思っていたんです。やるなら20代のうちと思ったのがきっかけでした」
山小屋の仕事は早番、中番、遅番の3交代制で、早番は午前4時20分から勤務が始まる。
「早起きがつらいこともあります。でも日によって雲の感じも違うし、シーズン中で一番というくらい空が真っ赤に焼ける時もある。お客さんとして山へ来るのではなく、ここで働いているからこそ見られる景色です」
小屋での生活は町とは違い、風呂や洗濯は3日に一度。しかし、不便さを感じる以上に小屋で出会った仲間たちとの生活は楽しいものだった。だからこそ、去年に引き続き、今年も小屋で働きたいと思ったという。
厨房を担当する岐阜県出身の伊藤琴郁(ことみ)さん(31)は、丸の内のOLが似合いそうな清楚な女性。それもそのはず、銀行に8年ほど勤めた経験がある。そんな伊藤さんの大胆な決断に、家族も友人たちも驚いたという。
「職場まで麓から歩いて8時間以上かかると言っても、友達にはピンと来ないみたい…。じゃあ車なら何時間で行けるの?って聞かれてしまいました」
※AERA 2013年9月30日号