日本生殖医学会(理事長・吉村泰典慶應大学医学部産婦人科教授)が、容認の方針を打ち出した健康な独身女性の卵子凍結。産み時に悩む女性には福音と受け取るむきも多いかもしれないが、現実はそれほど単純ではない。特に卵子の「保管」に関しては、様々な問題がある。
女性や医療関係者を悩ませるのが、凍結した卵子の取り扱いだ。指針には、「凍結保存した卵子の使用は45歳以上は推奨できない」という項目が盛り込まれる予定だが、実際に使用期限を迎えた女性が卵子の破棄を決断することは難しいという。2010年から約2年間、独自のガイドラインや倫理委員会を設け、未婚女性の卵子凍結を行ってきた東京都渋谷区の「はらメディカルクリニック」では、すでに、3人が卵子の使用期限の45歳になったが、院内のガイドラインにしたがって破棄したのは1人だけ。2人は処分を拒み、うち1人は別施設に卵子を移送、もう1人はタイで提供精子による体外受精を行い、受精卵を子宮に移植したと報告を受けたが、その後は不明だという。
「未受精卵でも子どもを預けているような気持ちになる人もいて、簡単に破棄できない。『推奨できない』というだけでは現場も混乱する。もっと細かい規定やカウンセリング体制の確立が必要でしょう」
原利夫院長はそう指摘する。
コストという現実も見なければならない。はらメディカルクリニックでは、37歳の女性が五つの卵子を凍結し、40歳で顕微授精により妊娠した場合、100万円弱の費用がかかる。卵子を保存する費用として、一つ当たり1年間2万1千円がかかるので、凍結する卵子の数が増え、保存期間が長くなればなるほど、さらにコストは膨らむ。20 代の卵子であれば、10個程度でも不妊を回避できる可能性は高まるが、その分保存期間は長くなり、保管費用は莫大(ばくだい)なものになる。
指針を取りまとめた、同学会理事長の吉村教授は言う。
「代理母や卵子提供と決定的に違うのは、自分の将来のために、自分の卵子を保存して使うということ。倫理的問題が少なく、ニーズが出てきているのに、それを禁止することはできないと判断した。現実的に、未受精卵の卵子凍結を行うクリニックが出てきているし、海外でも実施は可能。ガイドラインを作って、卵子凍結にまつわるリスクや妊娠に関する正しい情報もすべて説明した上で、治療が行われるようにすることが、実情にあった対応だと考えたのです」
※AERA 2013年9月9日号