インフォームド・コンセント(以下IC)という言葉が日本でも定着してきたが、医師と患者との間にはまだ隔たりもある。医師も患者とのコミュニケーションで努力を重ねているようだ。

 一般の人にもICという概念が認識されるようになってきた。「説明と同意」と訳されるが、日本では本来の意味と異なる解釈で広まったようだ。医療問題にも積極的に発言を続ける、日本医科大学武蔵小杉病院の腫瘍内科教授の勝俣範之医師は語る。

「ICは単に説明して同意させるという意味ではないのです。医師と患者さんの意思決定の共有こそが基本理念。医師と患者が情報を共有し、決定も共有することなんです」

 ICが「説明と同意」だけなら、医師は情報を提供して、治療の選択肢を示すだけで、「さあ、どれを選びますか?」と患者に迫り、もし結果が悪かったら「だって、あなたが選んだ治療ですよ」ということもできる。

「医師が裁判で訴えられないための防衛手段として、ICが使われていることが多いのです」(勝俣さん)

 患者のためだったICは、いつの間にか医師のためのものにすり替わっていたのだ。

 腫瘍内科は、がんの再発患者が主になるので、深刻な話になる場合が多い。ここでは本来の意味のICによるコミュニケーションが欠かせない。中でも最もデリケートなシーンは「余命告知」だろう。

 勝俣さんは患者から「私の余命は?」と聞かれることがよくあるという。

「そんなときは、なぜあなたはそれを知りたいのですかと逆に尋ねます。そうすると、娘の結婚式に出席したいとか、初孫の顔を見たいとか、心に引っかかることがあるのです。余命を聞きたがるのは、ほとんどが不安の表れ。本音をいえば聞きたくはないのです」

 患者の言葉の背景にある感情を探り、共感することが何より大切だ。勝俣さんは、そこから本人の希望を聞いて、治療方針を決めていく。

 病状が深刻になればなるほど、患者の気持ちは乱高下し、怒ったり泣いたり、感情を爆発させることが増えてくる。時に「モンスター・ペイシェント」と呼ばれる患者も出現する。

「私はモンスター・ペイシェントは存在しないと思います。彼らが怒るには、何かしら原因があるのだから。怒りは抑えていた感情の発露でしょう。そのときこそ感情に寄りそえるチャンスです」(勝俣さん)

AERA 2013年9月16日号

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