

半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■横尾忠則「死んだら地球人でなし 自己主張媒体の絵描かず」
セトウチさん
この往復書簡もアッという間に29回に達しました。今日は僕の近況をお伝えします。先(ま)ず体調は去年の入院から6カ月になりますが、完全に元に戻ったかどうかは、あまり自信がないですね。歩くと動悸(どうき)、息切れがして、一般的な老人になったのかな、とちょっと情けない気もします。というのも僕の年齢の前後の人が次々と亡くなるからです。
それとは別に新型ウイルスの恐怖もヒタヒタと玄関のドアを叩(たた)いています。鍵を掛けて防げるようなものでもなさそうです。高齢者はウイルスのターゲットになっているだけに逃げよーがないですね。
話題を変えましょう。絵は相変わらず大きい絵を描いています。最近は絵を描くのが面倒臭く、その上、筆を持つ手が震えるので、大画面に向かって、エイッ、ヤッと筆というか刷毛(はけ)で絵具(えのぐ)をキャンバスに叩きつけています。荒っぽくて下手な絵が描けます。描こうと思っても描けない子供っぽい絵になります。これは体力不足のご利益です。頭で考えることを身体が禁じてくれています。若い頃のように上手な絵を描こうという意志は全くありません。絵が勝手に遊んでくれるので、こちらがわざわざ遊びとしての創作は考えなくていいのです。人間の身体は便利にできていますよね。
今は昔みたいに絵を描く楽しみなどないです。その代わり描く苦しみもないです。イヤイヤ描いています。イヤイヤ描いた絵はどんな絵になるのだろうという、また今まで考えたこともないことに興味が出てきています。イヤイヤ描くから、ああしよう、こうしようという作為は0(ゼロ)です。「絵に聞いてくれ!」って感じですかね。