いつだったか、ユーミンはエルメスのウェアを着ていた。ショルダーと肘あてに薄茶のもみ革が当てられたエレガントなウェアが雲一つない空に浮かんだ白い満月に似合っていた。標高が高く、雪質の良い岩原のスキー場でストレスのない滑りを披露するユーミンを動画とスチールのカメラが静かに追っていた。
「苗場は私にとって音楽を始めた原点に戻れる場所です。今年は40年を彩った楽曲で、未来へ向かう私の背中を押してくれた」
観客とステージが近いライブの名物にリクエストコーナーがある。観客を舞台に招き、その場でリクエスト曲をユーミンが歌う。
メモリアルイヤーの今年は特別枠を設けて有名人や業界人など所縁(ゆかり)ある人も登場した。
今年苗場に伺った際、「何十年ぶりで再会した親友も来てくれる。楽しみ」とユーミンが話していたが、その数日後、ステージに登場したのが小林麻美さんだったと聞き、麻美さんにLINEすると、「武部聡志君のピアノでデュエットしました。ステージで二人で泣いた」と返事がきた。
麻美さんが苗場に足を運んだのは2月14日、バレンタインデーだった。
ユーミンに呼ばれ客席からステージに向かう麻美さんを想像した。
観客のどよめきと喝采の中、「雨音はショパンの調べ」を唄い、結婚を経て沈黙を守り続けていた麻美さんの「第二幕」が親友に誘われて鮮やかに始まった。
※週刊朝日 2020年3月13日号