人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は「風邪も楽しからずや」。
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久しぶりに風邪を引いた。八度近い熱があり、まずはインフルが気にかかったので、一番近くにあるマンション内のクリニックに行った。私の住んでいるのは都心の緑豊かな空間の中にある低層マンションで、最初にできた時からもう三十数年住んでいる。
便利さもこの上なく、敷地内にスーパー、美容院、カフェ等々、歯医者もあれば、十年ほど前にはクリニックもできた。隣が日赤医療センターだし、坂を下ればいくらでもクリニックがあるが、やはり近いが一番。症状で大体わかっているときはここへ行く。
しばらく前に風邪の症状で常駐の先生に診てもらうとインフルエンザだった。予防接種はしたのだが、型が違うとかかるのだという。
それ以来で今回も心配したが、インフルではなくほっとした。
「この前は、予防接種を受けたのにインフルにかかりました。たしか一年前?」
というと、先生は即座に、
「いえ、一昨年ですよ」
「よく憶えてますね」
なにしろその日も風邪の患者で混雑していたのに、実に順序良くさばいていく。
小さなクリニックだけに、先生も看護師さんも親しみやすい。
薬をもらう破目になっても、先生は資料を見るでもなく、こちらのことをよく憶えている。それだけに患者はほっとする。午前午後、日によっては夜遅くまで、それに土曜日にも午前は必ずやっていて、クリニックの向かいには薬局もある。
午前も十三時までやっているので、昼休みに行けるから仕事をしている人にも便利だ。
十三時を二十分ほど過ぎた頃だったか、一人の年配の女性が駆け込んできた。
「もう駄目ですか?」
思いなしか、息も苦しそうだ。受付の看護師さんは、
「すいません、十三時までで、次は十五時からです」
とマニュアル通りの応対。
「あと二時間もありますね。それならいいです」と女性はクリニックから出て行った。