落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「ねずみ」。
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千葉に生まれ、千葉に育ったのに、初めて「夢の国」に行ったのは28のとき。子供もできたし、そろそろ「世界一好感度の高いねずみ」に会いに行くのもよかろうと。くたびれた。並び疲れた。人の多さに酔った。楽しくないわけではない。楽しかった……ような気はする。ただ私は月一の勉強会の直前だった。若手落語家が「ネタ下ろしを気にしながら」行く所ではない。
ねずみもアヒルも犬人間も黄色いクマもみんな一生懸命に愛敬を振りまいてくれる。彼らだって気分の乗らないときもあるだろう。それを決して表には出さず、客のご機嫌をうかがうプロ意識。嫌な客を前にするとすぐに顔に出てしまう自分が情けない。それに彼らは表情は変わらなくとも、身体の動きだけで十分すぎるほどその感情を伝えてくる。身体を使った間の取り方も絶妙。声は出さずともしゃべる以上に表情豊かだ。……俺はこんな所で遊んでいていいのか? すぐにでもうちに帰って落語の稽古をするべきではないか? 夢の国の住人たちを自分と同じエンターテイナーとして見てしまって「夢の国」に入り込めない。そう、アイツらはライバルなんだ。ちなみにネタ下ろしは失敗に終わった。
5歳のとき、近所の原っぱで刑泥(けいどろ)をしていると、黒くて丸い「耳」を付けたMくんが駆け寄ってきて「日曜に家族で行ってきた!」と言う。「舞浜っていうところにあるんだ。ホントは千葉!」とM。そうなのか。「東京」というから上野か日暮里にあるのかと思ってた。その頃私が行ったことのある東京は、東武野田線~常磐線ユーザーの「関所」たる上野と日暮里のみ。