下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数
※写真はイメージです (Getty Images)※写真はイメージです (Getty Images)
 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は「天の邪鬼の年末年始」。

* * *
 年末年始の過ごし方で、だいたいその人の暮らしぶりがわかるかもしれない。

 日頃忙しく仕事をしているなら、まとまった休みをとって海外に出かける。あるいはこの時とばかり親孝行もかねて帰省する。

 東京駅や羽田で、家族連れや恋人どうしが幅をきかせて、キャリーバッグを手にインタビューに答える。

「どこへ出かけるの?」

「ハワイ」「グアム」

「おじいちゃんち」

 幼い声を張りあげる。

「何をするの?」

「おもちつき」「初詣に」「ディズニーランドに行きます」

 ほとんど定番で変わった答えはない。なぜ他人と同じことを同じ時期にするのだろうと、天の邪鬼の私は考える。そういえば二〇一九年には『天邪鬼のすすめ』(文春新書)という本を出したっけ。

 私は天の邪鬼だから、人と同じことをしない。必ず他人と違う時期に他人と違うことをする。逆のことをして喜んでいる。

 まず年末年始はどこへも出かけない。一日午後に近くの増上寺と氷川神社に年始のはしごをするだけ。あとは東京の都心のマンションで息を潜めている。

 あたりは静まり返り、地下の駐車場の車はほぼ出払っている。東南のベランダに出て深呼吸する。空気が澄んで物音もしない。蒼空の下(なぜか晴れる日が多く雲があればあったでその上にあるはずの蒼空を想像する)、真冬でも直射日光は暖かい。日だまりで二〇二〇年の新聞二紙を開く。新年の新聞はページ数のわりに読むところが少ないからすぐ終わる。

 二人で前夜用意した簡単な着物を着て、おとそ、おせち、一通り終わって初詣をすませ、早々に仕事場にこもる。年末年始のまとまった時間で書き下ろしを書くと決めている。二時から七時頃まで、みんなが遊んでいる時に仕事をするのは、実に気持ちがいい。マゾ的傾向があるので、一人原稿用紙(原稿だけは直筆なので)に向かっている悲愴感がなんともいえない。

 
 放送局が仕事場だった頃も正月に休んだことはなかった。ビデオなど普及しておらず、全てナマだった時代の番組のいかに潔かったことよ。ナマ番組が大好きなのはその頃の名残。今なら働き方改革とやらで槍玉にあげられただろう。

 三十年前、クリスマスから年始にかけて知人のエージェントからマウイ島五日間のおすすめがあり、ハワイなど全く興味がないのに偶然二人とも時間がとれて出かけたその日、つれあいが四〇度の熱発、盲腸から腹膜炎で即手術、癒着して一カ月入院。私も足止めされて、まさに鬼門に突入した有様だった。

 以来絶対どこへも出かけず、マイペースを崩さず、仕事三昧。

 そのかわり、人々が忙しく立ち働く六月頃に毎年海外へ出かける。

 飛行機が滑走路を走り浮かび上がったと思うと、あっという間に今までの世界がはるか下に流れる。

「ざまあ見ろ、浮世の馬鹿は起きて働く」

 その気分のいいこと。その瞬間のために働いている。

週刊朝日  2020年1月17日号