五、六年に一度、わたしは名刺を刷る。枚数はいつも三百枚。刷りあがった名刺を抽斗(ひきだし)に入れるとき、たまった名刺を整理する。会社を退職したひと、部署が変わったひと、いまは仕事上のつきあいがないひと、名前も顔も憶えてないひと、飲み屋の女の子(本名ではないのに、なぜかしらん角の丸い名刺をもらうとわたしも出してしまう。わるい癖だ)などの名刺は捨てるが、フリーランサーのそれは捨てない。基本的に肩書が変わることがないから。
そうして、フリーランサーの名刺には惚れ惚れするデザインのものがある。
名前はいかにもといった横書きではなく普通の縦書きで、さりげないが、よく見ると、書体から字の大きさ、その配置まで神経がゆきとどいている。肩書には関係なく、その名刺のデザインが好きという理由で永久保存している。
わたしの保存版ベストは、盟友・多田和博とデザイナー・長友啓典さんの名刺だ。なんの奇をてらうこともないビジュアルがすばらしい。
多田さんと知り合って名刺をもらったとき、わたしはすぐ、名刺の作成を依頼した。できれば同じようなものを、と。刷りあがった名刺はみごとなデザインで、わたしはそれまでに使っていた名刺を廃棄した。
多田和博が亡くなったいま、彼が残したフォーマットの名刺は五人の作家が使っている。
※週刊朝日 2019年12月20日号