以前、ニューヨークのバーンズ&ノーブルで買い求めた写真集では、どこまでも柔らかそうな肌の青年のキースだったが、目の前の彼の肌はかさかさに乾燥し、深い皺も含めて凄みを増していた。来日は3月だった。「桜はもう少しだけ待っていてください」と言うと、キースが口角をほころばせた。口の中はどこまで続くのかと思うほど真っ黒な空洞だった。

 キースはひっきりなしにタバコを吸った。赤地に白のソフトパッケージのウィンストンだった。

 部屋のドアは開放されていて、ふと外の風を感じたかのようにキースの言葉が途切れた。

 CDで聞き慣れた滑らかな声が廊下から聴こえた。ミックだった。真っ白で仕立ての良さそうなスーツで、何もかも対照的な二人に見えた。

 マイクをキースに向けつつミックの後ろ姿を目で追いながら「彼(ミック)は『ミスター・ジャガー』と呼ばないと振り向かない」。そんなエピソードを思い出した。

 取材を終えたキースが部屋を去り、吸い殻と灰皿が残された。これは文化遺産に匹敵する吸い殻だと思い、ティッシュに包(くる)んで局に持ち帰った。吸い殻を灰皿ごとスタジオに飾って“サティスファクション”を聴こう、まるでキースがそこにいる気分になるに違いないとスタッフに声をかけ、翌日出社すると、吸い殻は掃除のおばさんにいとも簡単に捨てられていた。

 ホテルオークラのイニシャルが入った空の白い灰皿だけが机上にあり、撫然とそれを眺めて、キース・リチャーズにインタビューし、ミック・ジャガーの後ろ姿を間近で見たのは幻だったのかと思った。

週刊朝日  2019年11月22日号

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