夜更けに、最愛の人といっしょに聴いてほしい音楽
Jasmine / Keith Jarrett & Charlie Haden
すでに本年度上半期最大の注目作として、各方面で話題になっている新譜である。本作の何が特別なのかを箇条書きにしよう。
(1) キース・ジャレットが70年代に率いたアメリカン・カルテットの同僚だったチャーリー・ヘイデンと、解散後30年を経てデュオという形で実現した再会作。
(2)キースが慢性疲労症候群の治療中に吹き込んだ『メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー』と同じく、自宅内のケイヴライト・スタジオでの録音。
(3)スタジオ録音は『メロディ~』以来、8年ぶり。
(4)ソロとトリオに活動を集約してきたキースにとって、28年ぶりの他流セッティング。 以上はキース・サイドから見たポイントだが、ヘイデン・サイドに立つと少々事情は異なる。本作の録音に至ったきっかけは、2007年初頭にキースがヘイデンのドキュメンタリー映画『ランブリング・ボーイ』への協力を依頼され、両者が短期間の共演を重ねたことだった。
ヘイデンにとって同年は70歳の節目を迎えた年で、同映画制作はその関連プロジェクト。協力者のキースがヘイデンとの再会によって、眠っていた創造意欲を刺激され、「チャーリーと彼の奥さんを自宅に招待し、駄目もとで(サウンドも含め)2、3日間演奏しようかと思った」(キース)。つまりヘイデンにとっては映画制作の思わぬ副産物が本作、と位置づけるのが正確だと言えよう。
80年代以降のヘイデンはリベレーション・ミュージック・オーケストラやカルテット・ウエストを率い、ゴンサロ・ルバルカバら多くの著名人との共演を重ね、ベース・マスターの地位を確立。またパット・メセニーとの『ミズーリの空高く』をはじめ数多くのデュオ・アルバムを通じて、このジャンルの名人であることも実証済みだ。
選曲はスタンダード・ナンバーが中心で、#6、8がキースにとっての、《アイム・ゴナ~》がヘイデンにとっての再演曲。
ジョー・サンプルがランディ・クロフォード(vo)のために書いた#4はどちらの提案なのか不明だが、これまでのスタンダーズ・トリオのレパートリーに照らし合わせると類例がない楽曲であり、年季の入ったキース・ファンには軽い驚きと共に歓迎されることだろう。
穏やかな音の会話は再会を祝いながら、長いブランクを少しずつ埋めようとする確認作業のような趣もあって、これもまたキースの初リーダー作(67年)から10年間の両者の歴史を知る者には感慨深い。「夜更けにあなたの妻や夫、あるいは恋人を電話で呼び出して、一緒に座って耳を傾けてほしい」という珍しいキースの提案を実践するのが、最上の聴き方かも。深い経験と知恵を持つ2人の匠の語らいは、閉塞感が漂う現代人に向けた癒しと恵みのメッセージなのだと実感する。
【収録曲一覧】
1. For All We Know
2. Where Can I Go Without You
3. No Moon At All
4. One Day I’ll Fly Away
5. Intro/I’m Gonna Laugh You Right Out Of My Life
6. Body And Soul
7. Goodbye
8. Don’t Ever Leave Me
キース・ジャレット:Keith Jarretta> (allmusic.comへリンクします)
チャーリー・ヘイデン:Charlie Haden(b)
2007年3月ニュージャージー録音