ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は家宝を売る難しさについて。
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馴染(なじ)みのスナックのマスターから電話があった。店のお客さんが日本画の掛け軸を持っていて、それを売るにはどうしたらいいか、古美術をめぐるコンゲーム小説を書いているわたしに訊いて欲しいのだという。
──その掛け軸て、誰の作品?
──○○とかいうてた。 作者名を聞いたとたん、あかんな、と思った。○○は大家だが、その作品のほとんどは偽物だから。
──そのお客さんて、美術品のコレクターなん?
──ちがう。商店街の佃煮(つくだに)屋さんや。
○○のほかにも掛け軸が数点、お爺(じい)さんの代から家にあるらしい、とマスターはいい、
──写真を預かってるし、こんど来たときに見てくれるかな。
──見てもええけど、鑑定なんかできへんで。
美大を出て、十年間、美術教師をし、よめはんが日本画家だから、絵のよしあしは分かる。全体構成とデッサンとオリジナリティーだ。構成はプロの絵描きが何十年もかけて培ったセンスであり、その基本となるデッサンの巧い下手はひと目で分かる。
──それと、もうひとつ、絵とか骨董品を売るのはすごいむずかしい。そのあたりのことを佃煮屋さんに説明するから、本人がおれに電話してくれるようにいうてくれんかな。
──電話番号、教えてもええんかいな。
──ああ、かまへん。
そうして、三日後に佃煮屋さんから電話がきた。わたしはマスターから話を聞いているといい、
──テレビの骨董鑑定番組とか見ますか。
──よう見ます。
──たとえば、出品者の掛け軸が百万円と鑑定されたとき、「これを売ってハワイへ行きます」とかいいますよね。あれ、百万円で売れると思いますか。
──九十万円ぐらいですか。
──誰が買います。
──さぁ、誰やろ。
──普通、画廊とか古美術商の仕入値は売値の二、三割です。理由は簡単で、画廊が作品を買いとったとたんに、その作品は在庫になる。そう、画廊はいつも不良在庫を抱えるリスクをもって商売してるんです。