六回表無死一、三塁、広島商の真鍋の左犠飛で三塁走者・北田(右)が生還(C)朝日新聞社
六回表無死一、三塁、広島商の真鍋の左犠飛で三塁走者・北田(右)が生還(C)朝日新聞社
守備につく準備をする広島商の北田(左端)(C)朝日新聞社
守備につく準備をする広島商の北田(左端)(C)朝日新聞社

 身長155センチのひときわ小さな選手がいた。

 10日の第101回全国高校野球選手権2回戦で、岡山学芸館に5―6で敗れた広島商の背番号4だ。49代表校の登録選手のなかで最も小さい。

 1899年創立の同校は第1回大会から参加し、23回の出場を誇る。堅実な広商野球の伝統を背負い、北田勇翔は戦った。

 広島大会ではチーム最高の打率6割1分1厘をマークした。それでも、本人は打率にこだわっていない。

「打率よりも塁に出る。四球を選ぶ。次につなげる。球種によって守備位置を変える。1歩目を大事にする。それが自分のできること」

 北田を変えたのは昨夏だった。

「去年の夏がなかったら、今の自分はいなかったと思う」

 高校野球3年間で最も辛かったと語る、昨夏のメンバー落ちのことだ。

 地方大会に登録される20人のメンバーから、最終選考で落選した。

「技術よりも積極性」

 誰よりも声を出し、積極的にアピールするようにした。

「体の大きな選手にはできないことを徹底してやる。小さい分、気持ちを出す。僕にしかできないことはある」

 そして、相手投手の嫌がることをやる。それがモットーになった。

 レギュラーの座をつかんだのは、今年の春からだ。

「少しでも気の抜いたプレーをしたらいけない。広商の伝統の野球に反する」

 中学のとき、広島商の練習を見学し、「広商で野球がやりたい」と入学を決断した。

 1点を貪欲にとりにいく「広商らしい野球」が好きだった。

 この日も、1点を取りに行く「広商らしさ」は出ていた。

 1点を追う二回1死一、三塁から7番・杉山裕季がセーフティースクイズを成功させ、同点に追いつく。五回には先頭打者の6番山路祥都が左越えに本塁打を放ち、一時勝ち越し。六回無死二、三塁では3番・水岡嶺が左前適時打を放ち、続く真鍋駿が左犠飛でこの回2点を挙げた。七回にも追加点を奪い、着実に点を重ねていった。

 しかし、八回、一挙3点を奪われて逆転される。

 広島商の攻撃は残り1回となった。九回2死二塁の同点機で、北田の前を打つ1番・天井一輝が敬遠された。相手バッテリーは自分との勝負を選んだ。

「自分がつないでやるぞ、という気持ちはありましたが」

 しかし、監督の判断は代打だった。

「監督の決断なので仕方ない」

 代打は、北田も「信頼している」という川口貴大だった。

「打ってくれ。頼むぞ」

 ベンチから願ったが、思いは届かなかった。一飛で試合は終わった。

 逆転負け。だが、涙はなかった。チャンスで一本が出なかったのが、心残りだという。それでも、持ち前の守備力は、今日も存分に発揮できた。晴れ晴れとした気持ちで、甲子園をあとにする。(本誌・田中将介)

※週刊朝日オンライン限定記事