SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「トンコ」。
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その昔、新聞はインテリが作ってヤクザが売ると言われたものだが、現代の新聞販売拡張員はちょっと様子が違う。
先日、街をぶらぶらしていると、道端で新聞販売店のジャンパーを着た三人組が何やら話し合っていた。
「僕、もう……」
「いいですか、誠意をもって玄関のベルを押せば……」
「でも、お前んとこの新聞なんかいらないって……」
「わかるけど、なんとかがんばっていきましょうよ」
リーダーらしき男性がこう言うと、三人は円陣を組んで右手を重ね合い、「おう!」とひと声気合をかけて散っていった。それは、悲壮感あふれる姿だった。
数日後、大センセイの家のドアフォンが鳴った。モニターの中に、見知らぬ中年男の顔があった。
「旦那、一年でいいからさ、新聞とってくれませんか」
きっと引っ越してきたのをチェックしていたのだろう。いつもなら門前払いにするところだが、三人組の姿を目撃した直後である。
「新聞、読まないんで」
「いまなら、ビールをワンケースつけますから」
カネコと名乗る赤ら顔の男とやり取りするうち、以前、ある販売拡張員に教わった言葉を思い出した。
トンコ。
仕事を放り出して逃げてしまうことを、トンコというそうだ。販売店は社員寮を用意したり、生活費の貸付をしたりと手を尽くしているが、トンコはなくならないと拡張員氏は言った。
「辛い仕事だからさ」
カネコさんが、景品のリストを取り出した。
「発泡酒なら二ケースつけられるんだけど、旦那、ビールにしましょうよ。やっぱりね、本物じゃなくちゃいけませんよ」
大センセイ、なぜかカネコさんの言葉にじーんときてしまった。本物なんて、久しぶりに聞く言葉だ。
「じゃあ、一年ね」
「旦那、本当にありがとう。ありがとうございます」