「いえ、その方が月々のお支払いを安くできるんです」

 店員さんは、淡々と粘り強く説明してくれる。さらに携帯電話だけでなく、三万円もするフラッシュドライブとかいうのもつけた方が安くなるというのだが、もはや資本主義に反逆しているとしか思えない。

 さらにさらに、スマホ応援割とスマホ割の両方を適用できるけれど、その割引は一年間で終わってしまい、しかし、新しい携帯電話は使わないんだから、携帯についているネット接続サービスと保険はいずれ解約してもらって、そうすると最初の一年間はいくらになり、二年目以降はこれだけ高くなって、でも、高くなるからって二年以内に解約すると違約金がいくらかかって……。

 もう、わかんない!

 大センセイ、店員さんに言われるがままに契約を結んで、弁当箱の蓋のようなスマホを手渡された。誠に砂を噛む思いであった。

 でも、せっかく買ったんだからと気を取り直して妻太郎に電話をかけようとすると、勝手にシリとかいう奴が出てきて「質問してほしい」とか妙なことを言う。

 お前なんかに用はない!

 適当にいじっていると、今度はパスワードを設定しろとかアカウントがどうとか、次々次々と要求を突きつけられて、大センセイ、道端に突っ立ったまま途方に暮れてしまった。

 ふと、父親にパソコンの手ほどきをしたことを思い出した。画面をクリックしてと言うと、親父はマウスを持ち上げて画面に当てた。

「何やってんだよ、クリックも知らないのかよ」

 路傍に立ち尽くしていると、天から親父の声がした。

「お前、電話もかけられないのか」

週刊朝日  2019年8月2日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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