現在の朝鮮半島で何が起こっているかを知るため、すべての日本人にこの映画を見てほしいと思う。

 なぜ、そう思うかって?

 政治家やテレビ評論家の言葉を百回聞くより、この世に実際に起こった出来事の現場にわれわれが立ち会って、感情を体験したほうが、ものごとを深く理解できるからである。映画は、あくまで過去の事実を脚色して再現したものだから、実写ではないが、名作は、監督と役者が、核心に触れる史実を観客に伝える。

 この『タクシー運転手』の場合、映画人が伝えようとした歴史に、なぜ膨大な数の韓国民が熱狂し、感涙にむせんだかといえば、光州市民とタクシー運転手たちが殺されても殺されても軍人に刃向かって動いたからこそ、民主的な国家の基礎が築かれ、現在の韓国が生まれたことを知っているからである。

 いや、それほど簡単に、韓国の民主化が実現したわけではなく、正確には光州事件は、韓国の民主化運動の重大な一里塚であった。事件によって軍事政権のおそろしさを知った韓国人の中で、翌年の1981年から学生たちが新たな民主化運動を始めようと動き出した時、大統領に就任した全斗煥の独裁政権が、今度は何の罪もない学生たちに襲いかかったのである。

 何しろ、その当時の韓国の情報機関は、1980年末に、韓国中央情報部(KCIA)が国家安全企画部(安企部<あんきぶ>)と改称されて組織の再編がおこなわれ、アメリカのCIAやソ連のKGBから民衆弾圧法を学び、1945年まで朝鮮半島を植民地にした日本の特別高等警察(特高)から拷問の技術を受け継いでいた。

 その情報機関がすさまじい「アカ狩り」を展開し、学生たちを殴る蹴るは日常茶飯事で、水の中に頭を突っこむ水拷問や、全身に電流を通じる電気拷問を加えては、思想犯罪を裁く「国家保安法」のもと、軍事独裁政権に反対する人間を、有無を言わせず、すべて犯罪者にしたのだ。

※週刊朝日オンライン限定記事

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