
絶好のタイミングで登場した新作
Voice / Hiromi
先頃発表された米グラミー賞では、参加作『スタンリー・クラーク・バンド』が見事に<最優秀コンテンポラリー・ジャズ・アルバム賞>を受賞。2003年のデビューから順調にキャリアを重ねてきた上原ひろみが、さらに勢いを加速させる朗報となった。これは良い流れが来た絶好のタイミングで登場した新作である。
昨年の上原はクラーク・バンドおよびソロをライヴ活動の2本柱とし、自己のユニットで足跡を残さなかった。そのためリーダー作もリリースしなかったわけだが、クラークとの共演を通じて得たものは多く、後年になって振り返れば2010年は音楽家としての幅を広げる年だと位置づけられるに違いない。やはりアルバムを出さなかった2006年には、矢野顕子、ドリームズ・カム・トゥルー、熊谷和徳のような他ジャンルのアーティストとのコラボレーションで成果を挙げている。
クラーク・バンドの活動と並行して、上原は新作の構想を練り、着々と準備を進めた。そして11月にスタジオ入り。人選の発端はアンソニー・ジャクソンとの会話で、いっしょに全編共演したトリオ・アルバムを作りたい、と意見が一致していたからだという。ジャクソンはデビュー作『アナザー・マインド』、第2弾『ブレイン』と、初期作の数曲に連続参加しており、上原とは気心が知れ、音楽的な親和性も高い。
そして意中のドラマーは初共演となるサイモン・フィリップスだった。TOTOを始め数々の大物ロック・バンド/ミュージシャンに、骨太のリズムを提供してきたヴェテラン。上原はジェフ・ベック・グループのフィリップスを聴いて、以前から共演を望んでいた(本人への杉田インタヴューより)。フィリップスが上原のオファーを快諾し、新トリオ・プロジェクトが始動したのである。
様々な人間の心の声に耳を傾けて、それらを創作のモチーフにしたコンセプト・アルバム。#1は本作中、最長の9分超からなる前奏曲風のタイトル・ナンバーだ。ピアノと電気鍵盤の対比を曲名に反映させた#3、フェイドアウトによって聴き手にイメージを委ねた#4、チック・コリアの70年代曲を想起させる『スタンリー~』提供曲#5と、アルバム全体を1つの物語に企図した。ラストの#9に唯一のカヴァー曲であるベートーヴェンを配し、映画のエンドロールをイメージしたのもいい。欧米ツアー後、秋から年末にかけての来日公演への期待が高まる強力作だ。
【収録曲一覧】
1. Voice
2. Flashback
3. Now Or Never
4. Temptation
5. Labyrinth
6. Desire
7. Haze
8. Delusion
9. Beethoven’s Piano Sonata No.8, Pathetique
上原ひろみ:Hiromi(p,key) (allmusic.comへリンクします)
アンソニー・ジャクソン:Anthony Jackson(b)
サイモン・フィリップス:Simon Phillips(ds)
2010年11月、米ニュージャージー録音

