その後、夕食にも誘われ、紀宮さま、妹夫婦らも一緒に6人で楽しいひとときを過ごした。舘野さんの妹と紀宮さまは、宮崎駿監督の話題で盛り上がっていた。また、舘野さんが、ベトナムに行った時に、将軍たちを前にベートーベンの「テンペスト」第3章を演奏した思い出を話すと、皇后さまはうれしそうにハミングしたという。

 舘野さんは2002年、脳出血の後遺症で右半身が不随になる。だがリハビリを重ね、「左手のピアニスト」として04年に復活した。ほどなくして、フィンランド大使館での皇后さまが主役の演奏会に参加した。事前に皇后さまから「シークレットで何かやりましょう」とサプライズを持ちかけられ、会の最後に皇后さまと「三手連弾」を披露した。

「皇后さまの手はしっかりとしており、強い音が出る。そのときは、曲に合わせて体を揺らし、とても自然な演奏でした」

 以後、舘野さんの演奏会に両陛下が参列したり、皇后さまの誕生日の祝賀行事に舘野さんが出席したりと、毎年交流を続けているが、16年は都合が合わず、一度も会うことがなかった。

 皇后さまから舘野さんに電話があった。
「今回はお会いできず、演奏もできないけど、いつかまた一緒に弾きましょう」

 舘野さんは言う。
「すでに3曲の楽譜を届けてあります。今はお忙しいでしょうけど、お約束はできています。お気持ちと時間に余裕がおできになられたら連絡をくださるでしょう」

 退位後の「三手連弾」を、皇后さまも楽しみにしているに違いない。(本誌・緒方麦)

週刊朝日 2019年5月3-10日号より加筆

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