たとえば、平均的な受給世帯(元会社員の夫の年金が月15万5千円、専業主婦の妻が月6万5千円)の場合、夫が70歳まで年金をすべて繰り下げると、夫の年金は年186万円から、約78万円増の264万円になる。繰り下げなければ、所得税・住民税ともに非課税だが、繰り下げて受給額が増えると課税対象に。年約7万7千円の税の支払いが発生する。
また、所得をもとに計算される国民健康保険の保険料負担も変わる。繰り下げている65~70歳の間は夫の年金収入がなくなるため負担が減り、繰り下げ受給の始まる70歳以降は負担が増える。
「65歳からの総支払い保険料を見ると、繰り下げ受給した場合の保険料負担は、繰り下げない場合と比べて73歳ごろから上回るイメージです。70歳からの国民健康保険料は、繰り下げていなければ約8万円ですが、繰り下げた場合は夫婦で約20万円に増えます」(同)
ざっくり計算すると、このモデルケースの世帯が5年間繰り下げると、70歳以降は年金が78万円増える一方で、税と国保料の負担も19万7千円ほど増える。それでも、手取り額が60万円近く増え、負担増分を考慮すると85歳より長生きすれば繰り下げ受給が有利になる。税負担を抑えたい場合、妻の年金だけを繰り下げる手もある。この場合、妻の年金額はもともと少なく増額分も32万円ほどにとどまるが、最大限繰り下げても課税対象にはならないと、小野さんは説明する。
年金の家族手当にあたる加給年金の対象者も要注意だ。例えば、夫が老齢厚生年金の受給を繰り下げると、年約40万円の加給年金をもらえなくなる。加給年金は妻が65歳になるまでの支給。年齢差がほとんどない場合は繰り下げが有利になることもあるが、加給年金を受け取りたければ繰り下げをやめるか、国民年金部分である老齢基礎年金のみ繰り下げる手もある。
繰り下げ受給の開始時期は現行70歳までだが、政府は70歳以降への引き上げを検討中と報じられる。仮に、月0.7%の現行の増額率が適用されれば、75歳までの繰り下げで年金は本来額より84%増える計算だ。