1+1が2でなく、3となるのがロックンロールに不可欠な方程式――。そう力説したうえで、Eストリート・バンドの誕生物語「凍てついた十番街」を歌う。かけがえのないバンド仲間だったサックス奏者、亡きクラレンス・クレモンズの思い出も語られる。
ゲストに妻のパティ・スキャルファを迎えて「タファー・ザン・ザ・レスト」「ブリリアント・ディスガイズ」をデュエット。仲むつまじい2人だ。
アメリカの民主主義のあり方を問いかけ、キング牧師の言葉を語り、歌われる「ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード」は、トランプ大統領の移民政策への抗議を込めたもの。9・11同時多発テロに触発され、消防士を描いた「ザ・ライジング」へと続く。
ブルースが自身の存在理由を問い、歌に託した思いを語ったうえで「ダンシン・イン・ザ・ダーク」の演奏を始めると、シリアスな雰囲気が一転して明るくなり、「ランド・オブ・ホープ・アンド・ドリームズ」を歌い継ぐ。
アンコールでは、亡くなっても消え去ることのない“魂”の存在、生家の思い出の木が切り倒されたのを悼みながら、ふと口を突いて出たというかつて学んだ祈りの言葉を語り、パワフルでダイナミックな「明日なき暴走」で締めくくる。
ブルースはライヴ・アーティストとしての評価が高い。これまで多くのライヴ作品を残してきた。だが、本作はそれらとは一線を画す。シンプルなギター、ピアノの弾き語りによる歌、演奏は説得力にあふれる。
自虐的なユーモアのほか、生まれ育った街、旅の情景、両親、バンド仲間などの人物像の描写の精緻な巧みさは、“でっち上げ”という語りぶりさながらに、ストーリー・テラーとしての面目躍如たるところだ。脚本通りとは思えない自然な語り口に引き込まれる。
本公演を収めたCDはファン必携であり、聴き逃せない。(音楽評論家・小倉エージ)