
ミャンマーの奥地やアフリカのソマリランドなど、30年以上、辺境地を旅してきた高野秀行さんが、各地の珍奇な食についてのノンフィクション『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』(文藝春秋)を出した。
「びっくりされます。よくこんなに食べてるねって」
ゴリラ肉、巨大ネズミの串焼き、ラクダ丼、ゆでヒキガエルのジュース、ムカデの姿揚げ……。これだけ変なものを食べてきたのに、目の前の高野さんは健康そうでニコニコしている。
「食の可動域が広がる喜びがあるんですよ。世界が広がる感じです。何かを見たり聞いたりするのもいいけど、食べものは口の中に入れて味わって消化するので、より達成感がある。現地の人の生活をダイレクトに共有している充実感が得られるんです。食べもの取材の面白いところです」
高野さんの「食の可動域」はとてつもなく広い。基本的に現地の人が食べているものは食べる。食べてみれば意外においしいものが多いという。長距離バスの中でサルの燻製肉が回ってくれば、ガブリとかじって次の人に渡す。エチオピアの肉屋の奥にあるイートインでは、生の牛肉の塊をナイフで切り取って口に運んだ。ソマリアでは酒に酔ったように気持ちよくなるカートという葉っぱを食べ過ぎて二日酔い状態になり、翌朝、迎え酒ならぬ「迎えカート」で解消。中国では豚の生血の和えものが評判の店を訪れた。鮮血に浮く肉片の写真にハラハラさせられるが、
「食べなかったら負けという気持ちがあるんですよ。引き下がっていたら先に進めない。それは食べものに限らなくて、辺境に行って何かするのは、ものすごく面倒くさかったり、ちょっと怖かったりするんです」
騙されたり、タカられたり、お腹を壊したり。出発前に「ああ、行きたくない」と気が重くなることもあるそうだ。それでも、また辺境に旅立ってしまう。
「胃腸は弱いし、心もすぐ折れてます。でも、僕は喉元過ぎたら熱さを忘れる力がすごく強くて、辛かったことを忘れちゃうんですね。日本に帰ってくると面白かったことばかりが記憶に残る。懲りない力がなかったら、30年も続けられない」