感染症は微生物が起こす病気である。そして、ワインや日本酒などのアルコールは、微生物が発酵によって作り出す飲み物である。両者の共通項は、とても多いのだ。感染症を専門とする医師であり、健康に関するプロであると同時に、日本ソムリエ協会認定のシニア・ワイン・エキスパートでもある岩田健太郎先生が「ワインと健康の関係」について解説する。
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島根の「いちごワイン」は白ワインにいちごを漬け込んだ混成酒だ。要するに、いちごにアルコールを混ぜただけで、いちごはいちごのまま。
しかし、ブドウでワインを造る場合、ブドウにアルコールを混ぜて造るのではない。ブドウを変化させて、アルコール(エチルアルコール)にするのだ。
■ブドウの中にある糖分が変化、お酒はC+H+Oでできている
厳密に言えば、ブドウの中にある糖分が変化してアルコールになる。つまり、C6H12O6(ブドウ糖)がCH3CH2OH(エチルアルコール)に変化する。お酒はC(炭素)、H(水素)、O(酸素)からできている、というわけだ。
「化学とか面倒くさくてついていけないよ」というあなた、ご心配なく。この連載では、CとHとO以外の元素記号はもう出てこない。一介の臨床医にすぎないぼく自身、化学の専門家ではない。あまり深入りすると、藪から蛇が出てくる。
さて、C6H12O6のブドウ糖から、CH3CH2OHのエチルアルコールになると言ったが、よく見るとブドウ糖とエチルアルコールではCやHやOの数が合わない。Cが6つ、Hが12、Oが6だったのに、エチルアルコールはCが2つ、Hが6、Oが1つしかない。というわけで、化学式を正確に書くと「C6H12O6→2CH3CH2OH+2CO2」が正解だ。これで両方の元素数の帳尻があった。
CO2は二酸化炭素で気体だ。糖からアルコールを作ると、気体(二酸化炭素)が発生する。この二酸化炭素を逃さずに瓶に入れておけば、スパークリングワイン、たとえば、シャンパーニュ(シャンパン)になる。
瓶内に二酸化炭素が充満しているので、シャンパーニュを開けると「ポンッ」と威勢のいい音がして栓が飛び出す。実は、大きな音を立てるのはマナー違反だ。それに、栓をある程度押さえておかないと周りのものを壊したり、けがの原因になったりもする。シャンパーニュは静かにゆっくり開けるのが正しいマナー。ポンポンと、音を立てるのは「F1レースのシャンパンファイト」のとき、くらいかな。
シャンパーニュを注いだときに下から立ち上がる泡は、二酸化炭素だ。ちなみにパンの発酵は、この炭水化物(糖分)からアルコールと二酸化炭素を造るのと同じ発酵である。パンが膨らむのは、このときにできる二酸化炭素のおかげ。アルコールは蒸発したり焼いたりしたときに失われて、実際にパンを食べるときにはほとんど残っていない。パンを食べても、酔っぱらったりはしないわけだ。
化学式が示すように、ワインはブドウの果汁にある糖分(ブドウ糖、果糖)がエチルアルコールと二酸化炭素に変化した飲み物だ。果糖(フルクトース)の化学式もまたC6H12O6で、ブドウ糖と同じだが構造(形)が違う。ブドウ糖でも果糖でも同じようなやり方でエチルアルコールができる。
では、なぜ糖がアルコールに変化するのか。これは微生物による発酵作用による。