穂積さんは亡くなるまでの8年間、一人暮らしだった。1993に再々婚した最愛の妻玲子さんが2010年に脳梗塞で倒れ、ケアハウスに入居したからだ。玲子さんは昨年2月、鬼籍に入り、穂積さんは失意の中にいた。
体調も今ひとつ。稽古場や舞台本番では元気に振る舞っていたが、左目は5~6年前から発症した白内障が悪化し、視力はほぼゼロ。膀胱の機能低下にも悩まされ、2月21日に情報誌の仕事で金沢へ行った時は、「寒さのせいか足を引きずるように歩いていた」(訪問先の海鮮丼専門店主)。
すでに病魔を感じ取り、自殺衝動に駆られたのかもしれない。思い詰めたその表情から、冗談でないことがうかがえた。1カ月ほど前、政治評論家の西部邁氏が多摩川に「入水自殺」したことが頭をよぎった。
筆者が意を決して勧めたのは、生活保護の受給だった。当初、本人は渋った。だが、「公的支援を受けて俳優を続けるのが最善では。もし今後、収入があれば新たな道が開けるかも」と繰り返し説得し、穂積さんはようやくうなづいた。
2日後の3月1日、区役所保護課へ同行し、申請。ケースワーカーの自宅訪問を経て受給が決まった。開始は3月中旬。生活扶助と住宅扶助を含めた総額は12万8千円余りだった。
しかし、住宅扶助の上限5万3700円を超える家賃は生活扶助からの持ち出しになる。そこで穂積さんは申請後、安いアパートを借りるため、不動産業者を訪ね歩いた。
「でもねえ、借りるのが僕だと知ると、けんもほろろ。あらためて現実を知ったよ」
65歳以上の独居老人は男女ともに1980年代から急激に増えている。総務省の国勢調査によると、80年には男性約19万人、女性約69万人で高齢者人口に占める割合は男性4.3%、女性11.2%であったが、2015年にはそれぞれ約192万人と約400万人にのぼり、割合は13.3%と21.1%になった。今後も増えることはあっても減ることはないだろう。公的住宅の抽選に当たればいいが、当時、86歳だった穂積さんのような高齢の独居老人にとって、民間賃貸住宅のハードルは高い。