ハイライトは、矢野顕子との共演による「チューリップのアップリケ」「君に捧げるラブ・ソング」だ。

 矢野はふだん、カヴァー曲には彼女なりの解釈を施すが、「チューリップのアップリケ」では、岡林の“曲”“歌”に寄り添い、簡潔で緻密なピアノやコーラスでサポート。心に染み入る名演に聞き惚れる。家を飛び出した母親への少女の思い、哀しみを切々と語りかける岡林はその背景にあるものを浮かび上がらせ、歌い続けてきた強い信念がうかがえる。

「君に捧げるラブ・ソング」での矢野のピアノ演奏をバックにした岡林の歌いぶりは誠実だが、ときにひ弱でたどたどしく、“若さ”にまかせた一途な思いの背後に潜む揺れ動く心情を描き出している。

 山下洋輔との共演も3曲。スロー・ブルース的な演奏の「自由への長い旅」では、類家心平のトランペットをフィーチャー。かつて狭義のフォーク・ファンへの決別と新たな旅立ちの意思を明らかにした歌だが、ここでの岡林の歌は懐古的。スロー・シャッフルによる「山谷ブルース」は、歌謡曲としての普遍的な魅力があることを物語る。「山辺に向いて」は、自然の中で自分の居場所を見つけた喜びがテーマだ。岡林の心象を山下が見事にソロで具現化している。

『森羅十二象』で、岡林は自分で手がけてきた曲の真価を世に問うた。同時に、“歌手”としての真価を問うアルバムでもある。一時は封印し、歌うことさえ拒んだこともある「山谷ブルース」や「チューリップのアップリケ」での哀愁、ロックへの傾倒を物語る曲、エンヤトットに賭けた執念……どの曲も、ソング・ライターとしての才能を物語っている。

 天衣無縫、自由奔放といったナイーヴさとは無縁。勇ましくたくましい歌声で意欲的な姿勢を示す一方で、繊細で、ひ弱な側面もある岡林の人間性をむき出しにしているあたりが興味深い。(音楽評論家・小倉エージ)

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