

ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「女装たちの妄想」を取り上げる。
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日本人がグランドスラム大会のシングルスで優勝するなど、私にとっては『まず起こり得ないランキング』のトップ項目のひとつでした。松岡修造さんが「優勝も夢じゃない!」と叫び続ければ続けるほど、それはいつも既(すんで)のところで阻まれてしまう『究極の夢』なのだと腹をくくった上で、私は長年テニス観戦に向き合ってきました。しかし、『その日』はこんなにも突然やってくるものなのですね。
何故かいちばん感慨がこみ上げたのは、優勝を決めた試合の映像でも優勝トロフィーを掲げた写真でもなく、新聞やネット記事に記された『大坂なおみ全米優勝』という『文字』でした。今までも『伊達ベスト4』『杉山愛ダブルス優勝』『錦織決勝進出』といった見出しが躍るたび、何度も目に焼き付けては、まるでエベレスト登山のように、時間をかけてランキングや成績を上げ、歴史を塗り替え、それでもなかなか頂(いただき)には手が届かない日本テニスの歩みをずっと噛み締めてきたので、この『全米優勝』の4文字には若干の戸惑いさえ覚えます。しかも4大大会ベスト8の経験もなく、世界ランキングトップ10にすら入る前の段階でグランドスラム制覇をしてしまうなんて、かつての旧共産主義国の選手でもなかったことです。