Everybody Knows This Is Nowhere
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 2012年の著書『ウェイジング・ヘヴィ・ピース』は、邦題では『自伝』となっているが、正確ではない。現在過去未来の別なく、心に浮かんできた想いや出来事を書き連ねた、日記かブログのようなもの、といったほうがいいだろう。

 それはともかく、そのなかでニールは、ダニー&ザ・メモリーズというグループが60年代半ばに残した映像をYouTubeで発見したときの喜びをリアルに描いている。テレビ出演時のものと思われるが、そこで「ダンス天国」をドゥー・ワップのスタイルで歌っているメモリーズこそ、45年にわたってニールの音楽を支えてきたバンド、クレイジー・ホースの原点だ。ダニー・ホイットゥンがフロントに立ち、ビリー・タルボットとラルフ・モリーナが楽しそうに身体を動かしながら、コーラスをつけている。

 その後、大きな時代の変化をうけて彼らは、髪を伸ばし、楽器を練習し、ロケッツと名乗るようになる。ニールは、バッファロー時代にトパンガ・キャニオンで彼らと出会い、急速に関係を深めていった。そして、ほぼ同時期に入手した53年型ギブソン・レスポール(現在もメイン・ギターとして愛用されている)を最大限に生かす環境を求めてということもあったのだと思うが、セッションを重ねたあと、69年1月、彼らとソロ2作目のレコーディングを開始している。その成果が、同年5月発表の『エヴリバディ・ノウズ・ディス・イズ・ノーホエア』。この時点でニールは彼らにクレイジー・ホースという名前をプレゼントし、名義も「ウィズ・クレイジー・ホース」としたのだった。

 核になる3曲で、いずれもレスポールが豪快に鳴り響く「シナモン・ガール」、「カウガール・イン・ザ・サンド」、「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」は、初日でほぼ完成したという。周囲からは「なぜあんな下手なバンドと?」という声もあったようだが、ニールは意に介さなかった。沸き出すように3つの名曲が仕上がったという事実が、彼らにしか理解できないケミストリーのようなものを示している。

 その3曲の陰に隠れがちだが、カントリー的なタイトル曲、じっくりと歌い上げる「ラウンド&ラウンド」も素晴らしい。オーガニックなヴォーカル・ハーモニーは、クレイジー・ホースの原点をあらためて納得させくれるものでもある。[次回4/22(月)更新予定]