怒鳴るわけでも暴力を振るうわけでもない。むしろ妻に恥をかかされている俺をアピールし、権利のように公共の場で妻を罵る男を、時々見かける。友人も最近、駅の改札で「あほか?」と子どもの前で罵る中年男を見たという。無言でうつむく妻が気になり、彼女は男を咎めるように凝視したのだが、その視線に気がついた男は「お前のせいで見られている」とさらに妻を罵りはじめたという。そもそも自分の妻を人間扱いできない男に、女が何を言っても無理なことなのだろうか。だったら男が男を制してくれよと思うが、その場の誰一人、男を制する人はいなかった。差別行為に「差別」と名札が貼られているわけじゃない。差別が風景のように根付く社会であれば、突然目の前ではじまる差別を差別と認識できなくなるのかもしれない。

 ワールドカップ中、日本の勝利で盛り上がる渋谷の交差点で痴漢事件が多発したという。痴漢を性差別と認識できず「人が集まれば痴漢は自然発生するもの」と捉え、公言する人が多くて驚いた。街中での他人からの性差別と、同居する夫からの日常的な罵り。どちらも、一本の線でつながっている性差別なのではないか。その線を、「感じない」と決めた女たちと「わからない」男たちが、日々日々複雑に絡ませながら再生産しているのではないか。

 日本を離れる機内で。私はその夫と通路ですれ違い、夫の鞄が私にぶつかった。「失礼、お先にどうぞ」と笑いかけた夫の笑顔の気持ち悪さが頭から離れない。

週刊朝日  2018年7月6日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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