2年前のことだ。夏木マリさんのもとに、一冊の台本が届いた。「生きる街」というタイトルのシナリオには、東日本大震災の津波で夫を失い、子供たちとも離れて暮らす一人の中年女性の物語が描かれていた。台本を読んだとき、「この役をぜひ演じてみたい」と、マリさんは思った。
「それまで私に来る役といえば、ぶっ飛んだ女性の役とか、妖怪とか、リアリティーのある役って、なくて(笑)。こういう、日常を淡々と生きている、生活感のある役をずっと演ってみたかったんです」
この映画に出演を決めた理由には、人々の心の中から、震災の記憶を消してはいけないという思いもあった。でもだからこそ、被災者の人たちにもリアリティーを感じてもらえるよう、役作りには腐心した。
「等身大の役を演じるのは難しかったですね。普段は、自分が演じる役を好きになれたら、私の役作りは終わるんですが、今回の“普通のおばちゃん”は、本来の自分と通じるところも多かったですし、好きになる材料がたくさんありすぎて、整理するのに時間がかかってしまった。妖怪だったり極端なキャラクターだったら、想像力を駆使して、張り切って演じればいいけれど……(笑)。あとは、震災のトラウマで発作が起きるシーンがあって、そこはどのようにするべきかとても悩みました。実際に震災に遭われた方たちに、この映画をご覧になったときに『あんなことないよ』と言われないように。被災した方たちと、思いを共有できるようにしたかったので」