あれは2年くらい前に中嶋が「真知子、この役をやらないか」と言ったことから始まったんです。彼はプロデューサーとしてその場にいてくれるはずが、いなくなってしまった。上演された「シアター風姿花伝」(東京・新宿区)は、彼がものすごく愛した劇場で、私も観客として何度も通いましたから、「あそこでしゅうちゃんがああしてたな」というのが、全部蘇ってくる。しかも今回は、母と娘の、ある種残酷なストーリーでもある。演出の小川絵梨子さん、共演の那須(佐代子)さん、(吉原)光夫君とはとても親しくさせていただいているので、私、当初は「できないかもしれない」って言っていたんです。そういう弱音を吐いてしまった。みんなそのときには何も言わなかったんですが、公演が終わったとき、「真知子さんは『できないかも』と言ったけれど、千穐楽(せんしゅうらく)を迎えられたね」と言ってくれました。私の痛みをすべてわかったうえで、傷にそっとやさしい手を添えて、支えてくれたんです。

 ある役者さんは稽古前、「この芝居をしゅうさんの追悼公演にはしたくない。演劇としてきちんと成立させたい」と言ってくれて、本当にその通りだと思いました。お客様は私と中嶋との関係がわかった上で見に来てくださるだろうし、チラシにもそういう文章は載っている。でも、上演している間は、お客様にちゃんと演劇の世界に没頭していただきたい。実際、演じている板の上では、すごく楽しかったんです。たぶん中嶋がそこにいて、エネルギーをくれたんじゃないかと思います。そういう心強さを感じました。

──中嶋さんも、鷲尾さんが舞台をやり切ったことを喜ばれているような気がします。

 そうですね、たぶん。最初の頃は、稽古場に通うのもキツかったんですよ。「真知子、いい稽古場があって、うちからも電車で行けるよ」「この方がスタッフに入ってくれるんだよ、よかったよな」。そんな言葉が、全部蘇ってくるんです。でもあるとき、「余計なこと考えるな、楽しめ」という彼の声が聞こえた気がして。「いいんだよ、お前にピッタリの役なんだから、あの役を楽しめ」と。それから吹っ切れましたね。「そうだ、楽しもう」って。稽古も含めて、この時間を、お客様の前で演じることを楽しもうって。

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