

落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「内輪揉め」。
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今、寄席の高座では「ビール瓶」が大流行中です。
古典落語にちょっと「ビール瓶」出してみたり、芸人は目先の笑いに釣られてついつい『悪魔の誘惑』に乗ってしまいます。いけないね。ニュース的にはちょっと遅いくらいですが、寄席の時事ネタ事情は大河のようにゆるやかに流れております。おじいさんが沐浴してたり、死体が流れてきたり、牛が鳴いていたり母なるガンジスのごとし。油断してるといまだに「じぇじぇじぇ!」とか「バッチグー」とかがプカプカと川上から流れてきます。「ビール瓶」は向こう半年は流れ続けることでしょう。
相撲界はざわついてますが、最近の我々落語界はとりたてて大きな揉め事はありません。私が知らない30年以上前に落語協会が分裂して、それ以降穏やかみたいです。分裂騒動について知りたい方は三遊亭円丈師匠の『御乱心』と故・立川談志師匠の『あなたも落語家になれる~現代落語論其二~』を読んでみてください。野次馬的にもとても面白いですが、いや、あの時代に落語家じゃなくてホント良かった。揉め事はごめんです。
小さな揉め事はいくらもあります。落語界も相撲界と同じで、若いころは先輩にゲンコツで殴られることも。一日でも早く入門したほうが先輩で、年齢は関係ありません。上下関係がはっきりしてますので、たとえ理不尽なことをされても表立って文句は言えない。周囲にアピールしても、かえってくるのは「我慢しろー」の一言です。
もっとも、落語家にケンカが強い人はあまりいませんし、非力ですから、ゲンコツが飛んできても大ケガしたり、命の危険に陥ったりすることはありません。力士じゃなくてホント良かった。
前座のころのこと。ある先輩に飲みに連れていってもらってご機嫌に酩酊。いざ勘定、という時になって、財布を覗いた先輩いわく「あー、俺今日金ないわ。お前、5千円な」。落語界の不文律として、「勘定は全て先輩持ち、割り勘はあり得ない」のです。私は完全に先輩にご馳走になるつもり。なおかつへべれけ状態での5千円要求に完全に理性を失いました。