このあと「人の身体を見ても、陽(気)が少なく、陰(血)が多い。(略)陽が盛んであると陰も成長するという理から、陽気を補うと血液も増えてくる」(同)と述べています。陰を補うこと(補陰)を医学の中心に据えた元の時代の中医学の医師、朱丹溪(しゅたんけい)を「偏った論は信じてはいけない」と批判しています。一方で陽を補う(温補)方法を主張した同じ時代の医師、李東垣(りとうえん)を「医学の中の王道」としてほめているのです。この益軒の評価が正しいかどうかは疑問ですが、中医学では、陰陽のどちらを重視するかによって、治療法が違ってしまうのです。
李東垣と朱丹溪という2人の名医が築き上げた李朱医学は、室町戦国時代の医師、田代三喜(たしろさんき)によってわが国にも伝えられ、日本の漢方医学の源流となりました。
陰陽は私が愛してやまない太極拳にも関係しています。そもそも、陰陽とは宇宙の根源である太極が分かれて生まれたものなのです。太極から出た陰陽は互いに密接な関係を保ちつつ、円形を描きながら永遠に生々流転、消長をくり返します。太極拳はこのイメージにつながります。
太極拳の連綿と続く、流れるような動き。この流れを套路(とうろ)というのですが、円運動と虚実(力の入らない陰の状態と力が入った陽の状態)の切り替えによって、生命のダイナミズムを生み出します。套路によって私たちは、宇宙の根源である太極と一体となることができるのです。
※週刊朝日 2017年12月22日号