秋水は獄中の寒村へ手紙を書き「兄の僕に対する怒りも、恨みも、憎しみも無理ではない。……甘んじて兄が銃口の餌食(えじき)になろう。兄の満足は僕の血を以(も)って買うの外はあるまい。それはよくよく分って居る」と殺される覚悟をしていた。

 出獄した寒村はピストルを懐中にしのばせて、湯河原の温泉旅館に滞在している秋水と須賀子を殺しに出かけた。

 それは秋水と須賀子が官憲により逮捕された直後であった。秋水は、無実の罪であっても、死ぬ覚悟ができていた。

 須賀子は、人生体験によって主義者になった女です。学問は秋水のほうが上であるけれど、一緒に暮らせば妻のほうが強くなる。秋水の家は巡査が常時監視しているため、湯ケ原へ身を隠していた。機械工宮下太吉らと爆弾を製造しようと計画したとき、「学者の秋水を仲間からはずそう」という話になったが、須賀子が秋水と同棲していたため巻きこまれてしまった。須賀子と秋水の同棲がなければ「大逆事件」という暗黒裁判はなかった。須賀子の情愛が、秋水をひきずりまわした。そこにフリンという甘美なる蜜がある。

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