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from here to there写真・図版(1枚目)| 『フロム・ヒア・トゥ・ゼア/桑原あい トリオ・プロジェクト』
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際立つ才能、21歳の若きピアニストのデビュー作
From here to there / ai kuwabara trio project(ewe)

 21歳の若きピアニストのデビュー作である。今世紀に入って、このジャンルの人材は増加傾向にあるが、そんな状況にあって桑原は際立った才能だと言っていい。

 91年に千葉県で生まれ、2人の姉の影響を受けて4歳からエレクトーンを学ぶ。小学校時代にアンソニー・ジャクソン(el-b)のCDを聴いてジャズ・フュージョンの魅力を知り、コンクールではリー・リトナーやチック・コリアの曲を弾いて、上位入賞を果たす早熟ぶりを示した。中学3年でエレクトーンを止めてピアノに転向したのは、ジャズのスキルを身につけるための決断だった。高校の音楽科でクラシックを学びながら、ジャズも習得。ミシェル・ペトルチアーニとエスビョルン・スヴェンソンから最大の示唆を受けて、練習に明け暮れたという。そのまま音大に進学する道があったにもかかわらず、学校という枠に納まらない経験と活動を目指して、敢えてプロ活動1本を選択。卒業直後に企画・演出・作曲のすべてを自ら手がけたファースト・ライヴを足がかりに、翌2011年にはヤング・アメリカンズのドイツ公演に抜擢され、3ヵ月間同地で過ごし、作曲での成果も挙げた。

 2012年になって桑原は大きなチャンスをつかむ。以前から続けていた路上ライヴの観客に、CDの問い合わせを受けたことが重なっていたことで、デビュー作の自主制作を決意。音楽パートナーの森田悠介と共にスタジオ探しから始めて、手作り感覚でアルバムを完成させ、5月に会場とウェブサイト限定での販売を始めた。するとライヴ演奏と同作がレコード会社の目に留まり、2曲のボーナス・トラックを加えてパッケージを一新した形で再登場したわけである。数年間をはさんだ同様のケースは少なくないが、初版からわずか半年後にステージ・アップする本作のような例は珍しい。

 自主盤の#1~8はずべて桑原のオリジナル。テンポを変化させながらエネルギー全開で疾走する#1が衝撃的だ。ジャズ、プログレッシヴ・ロック、ファンクがブレンドした曲調は、まさに新世代ならではのもの。ライヴでは観客の反応が最もいい、トリオ・プロジェクトのキラー・チューンだ。ブラジル音楽を吸収した#2、「ここから頑張らなければいけない」との思いで書いた桑原入魂のジャンプ・チューン#3、ハウスを取り入れながら定型的ではないリズムを生み出した#4、ペトルチアーニを想起させるサンバ#7と、アルバム・コンセプト通り、元気のいいトラックが大半を占める。しなやかなベースで桑原をサポートする森田の貢献も見逃せない。一躍表舞台に躍り出たシンデレラ・ガールの痛快作である。

【収録曲一覧】
1. BET UP
2. 3=log2(8)
3. from here to there
4. Edit typos.
5. Chronometer
6. mind blindness
7. Circuit River
8. Portrait of an old man
9. Riverdance
10. HiCCups!

桑原あい:Ai Kuwabara(p)
森田悠介:Yusuke Morita(el-b)
今井義頼:Yoshinori Imai(ds)

2012年2月 東京録音

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