BMDの性能に関するデータは特別防衛秘密に指定されているが、防衛省内で広く聞かれる性能や能力は次のようなものだ。北朝鮮とグアムの距離は約3500キロ。ノーマル軌道で発射した場合の最頂点の高度は700キロ前後に達する。ミサイルの迎撃はスピードが減速する最頂点付近がベストとされる。ところがイージス艦に搭載された迎撃ミサイルSM3の到達高度は約500キロ。そもそも飛距離でも速度でも届かない。
「例外を除いて」と言うのは、海自のイージス艦がグアムの沖合にまで接近し落下してくる弾頭部を「迎え撃ち」する極めてまれなケースのことだ。日本に戦火が及ぼうというときに、イージス艦が日本周辺をがら空きにしてグアムだけを守るという選択肢は、日米同盟があるといってもまずありえない。BMDに詳しい自衛隊幹部は「大臣の発言はあくまでも法的な理屈を説明しただけ」と釈明する。
つまり北朝鮮がグアムへミサイルを発射しても、日本は何もやることがない。
特筆すべきは、北朝鮮がグアムへミサイル発射を強行し、米軍が反撃した場合の日本の備えだ。米側が反撃すれば、北朝鮮はただちに38度線付近に配備した長距離火砲をソウルへ向けて次々に発射し、日本へは、射程1千キロ余りのノドンなどの弾道ミサイルを複数発射することが予想される。
北朝鮮は5月、朝鮮中央通信の論評を通じて「日本もわが方の打撃圏内にある」とした上で、「我々の軍事的攻撃手段は米本土と在日米軍基地に精密に照準を合わせ、殲滅的な発射の瞬間を待っている」と日本を威嚇した。
北朝鮮による在日米軍基地へのミサイル攻撃を防御する手立てはあるのか。
在日米軍基地は、本州だけでも青森・三沢、東京・横田、神奈川・横須賀、山口・岩国と多数あり、沖縄には嘉手納・普天間などの軍事施設が集中している。 落下する弾道ミサイルを最終段階で迎撃する手段は、航空自衛隊のPAC3部隊(高射隊)しかない。全国に17の高射隊があるが、1個高射隊がカバーできる面積は半径20キロ程度に過ぎない。だからとてもすべての米軍基地をカバーすることはできない。日本にも東京や大阪などの都市部にたくさんの政経中枢があり、地方には多数の原発施設を抱える。在日米軍基地に割けるPAC3部隊の数はおのずと限定される。万一、在日米軍基地に複数のミサイルが着弾して被害が出れば、武力攻撃事態などに認定され、防衛出動が発令されるだろう。日本が外部からの武力攻撃を受けて防衛出動命令が出れば、自衛隊には武力の行使が認められる。
「そうであっても、現行法制で自衛隊にできることはミサイル迎撃か、米軍の後方支援くらい」と軍事評論家の福好昌治氏は話す。
厳しい現実に向き合う防衛議論をすぐに始めなければならない。(朝日新聞記者・谷田邦一)
※週刊朝日 2017年9月8日号