
マイルスがトランペット・ソロでフランス国歌を吹いた瞬間
La Marseillaise (One And One)
上記のようなキャッチコピーはいかにも思わせぶりで気が引けるが、最初にお断りしておきます。マイルスがフランス国家《ラ・マルセイエーズ》をトランペット・ソロで吹いているのは、すべての演奏が終わって楽屋に引き上げようかという直前のわずか10秒前後のこと。つまりは『エリアM.D.』(聴けV7:P664)というCDに収録されている《ウイ・アー・ザ・ワールド》の一節のようなものといえばわかっていただけるでしょうか。
「だったらいちいち大きく謳うなよ、ったく」という声が聞こえてくるが、とはいうものの、そこには謳いたい事情というものがあるわけです。すなわちこの日のライヴは、最初がクール・ジャズ、次がメガ・ディスクとヴァージョンアップを重ねながら歩んできたが、マイルスが吹いた《ラ・マルセイエーズ》のみ、「吹いた!」というニュースだけ伝えられていたものの未収録という状態だった。それがこのワン&ワン盤でついに収録されたのだから、ハイ、大きく謳いたくなった気持ち、お察しください。しかも今回は過去最高音質での完全収録というから、これはマニアには絶対に外せない。
はてさてこのライヴ、じつに感慨深いものがある。というのもアル・フォスター退団時期が目前に迫るなか、アルにとってほとんど最後のライヴ。たしかに84年ともなるとアルのビートではかったるく、マイルスの飛翔に水を差すかのような重苦しさがあるが、最後ともなると一抹の淋しさが、うーむ。
アルのバシャバシャ・リズムこそ70年代マイルス・バンドのトレードマークであり、かつてはバシャバシャが聞こえてくるだけで興奮したものだが、マイルスの音楽も時代も変わった。この84年のライヴでは、重くのしかかるようにしか響かない。特に《ホワット・イット・イズ》や《ホップスコッチ》、はたまた《コードM.D.》や《サムシングス・オン・ユア・マインド》などのポップで軽やかなリズムがあってはじめて映えるような曲がレパートリーの中心を占めるに至ってはアルは手かせ足かせにしかならず、その限界はこのライヴでも明らか。曲によっては重いのか軽いのかはっきりしない局面もあり、そこが不安定かつどっちつかずの印象を与える。
その意味でアルとヴィンス・ウイルバーンの交替時期、いささかタイミングがズレた感がある。ただしアルに欠けていた軽やかでポップな要素をスティーヴ・ソーントンが埋めるあたり、このバンド、やはりよくできている。とにもかくにもアル・フォスターご苦労さん&ありがとうの最後期ライヴではある(アルの正式脱退は85年1月)。
【収録曲一覧】
1 Speak/That's What Happened
2 Star People
3 What It Is
4 It Gets Better
5 Something's on Your Mind
6 Time After Time
7 Hopscotch
8 Jean Pierre
9 Code M.D.
10 Speak/That's What Happened
11 Something's On Your Mind-La Marseillaise
(2 cd)
Miles Davis (tp, synth) Bob Berg (ss, ts) John Scofield (elg) Robert Irving (synth) Darryl Jones (elb) Al Foster (ds) Steve Thornton (per)
1984/7/20 (France)