“伝説のディーラー”藤巻健史氏は日本銀行が今の金融政策を続けると、将来極めて大きな損失が発生するリスクのあることを指摘する。

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 日本銀行の原田泰審議委員が岐阜市内で6月1日に講演し、「異次元の量的緩和」からの出口について、「日銀が長期的に損失を負うことによる危険など存在しない」と述べたそうだ。

 マスコミ報道のタイトルは「日銀出口戦略『危険ない』」だった。私は「危険」と「ない」の間にあった「極まり」がタイプミスで落っこちてしまったのか?と思ってしまった。

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 参議院財政金融委員会で3月21日、日銀の岩田規久男副総裁に以下の趣旨の質問をした。

「今の日銀はデフレを脱却しようと、車のアクセルを思いっ切り踏んでいる状態だ。しかし、この車はブレーキがないように思える。ブレーキはついているのか? 景気が過熱した時、伝統的金融政策の場合は金利を上げる方法があった。今の日銀は金利を上げる手段を持っているのか」

 岩田副総裁は「金利を上げる手段は大きく分けて二つある。一つは日銀当座預金に対して付利金利を上げていく方法。もう一つは売りオペによってバランスシートを縮小していく方法だ」とお答えになった。

 私が「Mr.時期尚早」と揶揄(やゆ)してきた黒田東彦日銀総裁も翌22日に同様な回答をされた。それ以降、私はその実行可能性についてお聞きしている。

 5月29日発表された日銀の2016年度決算によると、大量に購入している国債は16年度末に417.7兆円に膨らんだ。その利息収入は1兆1869億円。一方で、国債購入で積み上がった当座預金(16年度末の法定準備預金を除く残高は約333兆円)に対する支払利息は1873億円。約1兆円の差がある。

 ここで、17年当初に当座預金への付利金利を1%上げたと仮定しよう。支払利息は単純計算で年3.33兆円に増える。受取利息が増えないとしたら、年約2.1兆円の損失計上だ。

 
 日銀が目標とする消費者物価指数(CPI)2%が達成されたら、当座預金への付利金利は1%で済まず、最低2%にせざるを得ないだろう。CPIが2%なのに政策金利が1%では、インフレが加速してしまう。

 すると、年間の日銀の損失は5.4兆円。1年半で自己資本残高の7.84兆円は吹っ飛び、債務超過に陥る。インフレが抑えられ、金利が再びゼロ近くに戻らないかぎり(=再度デフレになる)、債務超過は毎年拡大する。

 この40年間で有担保コールレートが最も高かったのは、1980年7月の12.7%。高インフレかもしれないがハイパーインフレではない。この時程度にインフレが加速し、政策金利を同レベルに引き上げるべき事態でも起きれば、損の垂れ流しは、年約40兆円。債務超過もいいところだ。

 インフレを短期かつ過熱する前に抑え込めないと、債務超過がすさまじくなる。そんな巨大損失を垂れ流す中央銀行や発行通貨を誰が信用するのだろうか?

 クルーグマン博士はかつて、「インフレにするには、日本銀行が信頼を失うことが大事」という趣旨の発言をした。大きく信頼を失えばハイパーインフレだ。今、景気がそれほど良くなく日銀が金利を引き上げなくて済むからなんとなく平穏だが、景気が上向いたらどんなことになってしまうのだろうか?

週刊朝日  2017年6月23日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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