ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。米大統領選で注目を集めたフェイクニュースが、仏大統領選でも大きな影響を与えたと指摘する。

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 フェイクニュースの影響力は日々増大するばかりだ。4月23日に実施された仏大統領選の第1回投票で、中道系独立候補のエマニュエル・マクロン前経済相と極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が5月7日の決選投票に進んだ。決選投票では順当に行けばマクロン候補が勝つと見られているが、マクロン候補にとっては油断していられない状況が続く。選挙戦でフェイクニュースを使ったネガティブキャンペーンを何度も仕掛けられたからだ。

 選挙戦の真っただ中、有力候補として支持率が急上昇していた2月に仕掛けられたのが、会社社長との“同性愛不倫疑惑”だった。マクロン候補は即座にこの疑惑を否定し、続報などもなかったことから、この情報は単なるデマであると片付けられた。

 その後もアラブやテロ組織が資金源になっているとか、米国の投資銀行がバックにいるといった情報がネットを中心に定期的に流され、その度に火消し作業に追われている。

 マクロン候補を攻撃するフェイクニュースの主要な発信源の一つと見られているのが、ロシア政府系メディアの通信社「スプートニク」やテレビ局「ロシア・トゥデイ」だ。

 マクロン陣営で選挙対策責任者を務めるリシャール・フェラン氏は相次ぐネガティブキャンペーンに対して、「ロシア政府と同国国営メディアがハッキングを行い、仏大統領選への介入目的で偽ニュースを広めた」と、ロシア当局を非難する声明を発表している。表ではルペン候補を支持する報道を積極的に行い、裏ではハッキングやフェイクニュースで情報戦を仕掛ける──米大統領選と同じ情報戦を今回もやろうとしているのだ。

 名指しで非難されたロシアメディア側も黙っていない。スプートニク及びロシア・トゥデイのマルガリータ・シモニャン編集長は、ロシアのテレビ局NTVのインタビューで、マクロン候補をフェイクニュースで攻撃しているという欧米メディアの報道を否定。「彼らが私たちをののしろうとすればするほど、結果的に彼らは私たちの宣伝をすることになる。大勢の人々がそれを見て『一体彼らは何をしたのか。実際はどうなのか』と考える」と語っている。

 シモニャン編集長の「彼らが私たちをののしろうとすればするほど、結果的に彼らは私たちの宣伝をすることになる」という発言はフェイクニュース問題を象徴するコメントだ。米トランプ大統領も、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、CNNといった政権に批判的なメディアに具体的には反論せず、「フェイクニュースメディア」とレッテルを貼ることで対抗しているからだ。

 二つの大統領選を通じて明らかになったことは、フェイクニュースに対して「事実が間違っている」と指摘しても、指摘された側は「その指摘こそがフェイクニュースだ」と答えるだけでいいということだ。それを意図的に行うことで注目と支持が集まる構造が生まれつつある。事態はかなり深刻だ。仏大統領選の行方がフェイクニュースでどう左右されるか、今後に注目したい。

週刊朝日 2017年5月19日号