向井:はい。母が仕事をしていたので、祖母と過ごす時間も多く、かわいがってもらいました。でも祖父の話は聞いたことがなくて、手記ではじめて祖父母が戦前から戦後にかけて経験したことを知ったんです。ただ、当時は感情移入がそれほどできなくて、祖父母はこんな経験をしたんだと淡々と受け止めていました。

山本:それが変わった?

向井:変わりましたね。祖母が脳梗塞になり退院の日に、祖母に「祖父はどういう人だったの?」と聞いたら、何十年も前に亡くなった祖父のことを「今も愛している」と言ったんです。

山本:素敵!

向井:びっくりですよ。80歳を過ぎた祖母が愛してるって言うなんて。同時に祖母は祖父への思いをずっと胸に秘めて生きてきたんだって感動しました。会ったこともない祖父のことも急に、すごく身近に感じられて、祖母の手記を作品として残せたらという思いが膨らんでいったんです。

山本:見合い結婚が多かった時代に、おふたりは恋愛結婚なんですよね。それもひと目惚れ。出会ってすぐ、朋子さんは「南京に一緒に行きます」と言うんですもの。すごい行動力ですよ。そして一生、その愛を貫いた。朋子さんが50代半ばのころに、理さんの伯父さんの奥さんが「どうして再婚しなかったの?」と尋ねたんだそうです。すると、「私、やっぱり父ちゃんがいいわ」とおっしゃったんですって。

向井:祖母は若くして寡婦になったのに、再婚しなかったですからね。でも、祖父の人生は成功からは程遠かった。苦労も多かったと思います。

山本:本当に大変な人生ですよね。南京から上海に移り、戦後、引き揚げ船で帰国して、失敗や不運が、これでもかというほど次々に、押し寄せてくるんですもの。騙されてお金を巻き上げられたり、入った会社がことごとく潰れたり、けがをしたり病気になったり……。でも、おふたりとも貧しくても人間として品がありますよね。貧乏しても卑しくならない。いつだって凛としていて、明るいんです。

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