
孫と遊ぶおじいちゃんを想起させる新たなマイルス像
Pittsburgh 1982 (Mega Disc)
拙著『マイルスを聴け!』は初版(1992年刊)から一般的なガイドブックの域を超越&逸脱、次なる「ヴァージョン8」に至って遂に帝王音源大陸完全網羅~制覇へと大きく近づく予定だが、筆者としては次第に帝王大辞典・大事典・マイルス広辞苑としての要素を盛り込み、なおかつ10年後には壮大なる姿へと変貌を遂げていることを目標に日々精進を重ねていきたいと決意を新たにしている。その一環として、では早速にビル・エヴァンス(サックス)がカムバック・バンドに入った裏話を少し。
ある日、マイルスがデイヴ・リーブマンに電話をかけた。数年ぶりの電話、よって普通は「やあ久しぶり」「元気だった?」という挨拶があるものだが、さすがはマイルス、スケールがちがう。いきなり「サックス、オマエだったら誰、雇う?」が第一声だったとか。リーブマン、うろたえつつも「また演奏するんですか?」、マイルス、受話器の向こうで胸をそらせて「おお、そうしたいと思ってる」。そこでリーブマン、自分が主宰しているサックス教室の生徒で近所に住んでいるビル・エヴァンスという若者を紹介する。マイルス「あの『ワルツ・フォー・デビー』のか?」とは聞かずに「誰みたいだ?」、リーブマン「ボクとスティーヴ・グロスマンを足して割ったような」、マイルス「電話番号は?」、リーブマンが番号を伝えるとマイルスは「またな」といってガチャンと切ったそうな。さすがはマイルス。ふつう、友達なくしますよ。
次にレパートリーに関する覚書。3曲目の《ユー・アンド・アイ》といえば、マイルスと離婚後のベティ・デイヴィス(またの名をマドモアゼル・メイブリー)が発表した『ネスティ・ギャル』にマイルスとギル・エヴァンスが関与した曲として収録されているが(関与説はデマ)、この(3)はまったく別の曲、タイプとしては《ジャン・ピエール》や《ホップスコッチ》に連なる童謡系に属する。ちなみに復活後のマイルスは、一方で複雑な曲に挑戦しながら他方ではどういうわけか幼稚なメロディーをもてあそぶことに快感を見出していたようで、このライヴでもじつに楽しそうにメロディーと戯れている。孫と遊ぶおじいちゃんという図が浮かばないではない。加えて、この時点で《リンクル》が取り上げられているのは珍しい。ちょっと安普請にしてテンポもゆったりしているが、のちに開花する原型はすでにしっかり組み立てられている。以上、カンタンにまとめてみたが、全体的に音量が小さく、ステージまで遠いのが難点か。
【収録曲一覧】
1 Come Get It (incomplete)
2 Star People
3 U'n'I
4 Hopscotch
5 Wrinkle (incomplete)
6 Jean Pierre
Miles Davis (tp, key) Bill Evans (ts, ss, fl, key) Mike Stern (elg) Marcus Miller (elb) Al Foster (ds) Mino Cinelu (per)
1982/11/6 (Pittsburgh)