「はい、では次、230ページを開いてください」

 教室内に若い中国人講師の声が響き渡る。見渡したところ学生はざっと20人。理系の難関校受験向けの化学のクラスだ。授業は母国語の中国語、教科書は中国語と日本語の両方を使用している。

 同塾の社長、豊原明(中国福建省出身で日本国籍を取得)によると、母国語で授業をしたほうが理解が深まるからで、日本語学校の授業とかぶらないよう、主に夜間や週末を中心に授業のカリキュラムを組んでいるという。

 難関校を受験する学生の一部はVIPコースを選択。マンツーマンで指導する個人授業のことで、1時間当たり1万~1万5千円の授業料を払い、敏腕講師から特訓してもらう。全学生のうち約50人がこのコースに通っている。通常の授業料に加え、VIPコースの料金を上乗せして支払うので、親にしてみたら相当な出費だが、それでも「日本の有名大学に進学したい、という学生は後を絶たないですよ」(豊原)というから驚きだ。

 中国にももちろん、北京大学や清華大学といった難関大は存在する。それなのに、なぜ彼らは日本の大学に進学したいのか。

 背景には中国国内の過酷な受験戦争と中国人の経済力の上昇、それに伴う海外留学ブームがある。

 中国の大学入試は1年に1度。毎年6月に2日間、全国一斉に行われる統一試験だ。日本のように試験日の異なる私立大学があるわけではなく、浪人も一般的ではない。

 統一試験でよい成績を収めなければ、希望の大学に進学することはできない。人口が日本の10倍以上の13億7千万人なのに、一流といわれる大学数が限られている中国では、大勢の人がそこに殺到し激戦となる。一流大学に入学できなければ、よい就職も望めず負け組になりかねない。

 中国特有の複雑な戸籍制度も関係している。中国の戸籍は都市戸籍と農村戸籍に分かれており、農村から都市への移動は制限されている。それに伴い、省ごとに各大学の入学者数が決められており、農村出身よりも都市出身者のほうがよい大学に進学しやすい傾向がある。

次のページ