ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏が、大番狂わせとなった米大統領選から浮かび上がるメディアの課題を指摘する。

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 米大統領選挙は共和党のドナルド・トランプ候補が当選を決めた。ネットでは前々回(2008年)の大統領選で1州を除いてすべて勝者を的中させ、前回(12年)の大統領選で全選挙区の勝者を的中させたことで話題を集めた統計学者のネイト・シルバー氏が、今回は予想を大外ししたことに注目が集まった。

 シルバー氏が運営する選挙予測サイト「ファイブ・サーティー・エイト」で開票前最後に公開した予測では、クリントン候補の勝率が71.4%、トランプ候補の勝率が28.6%だった。トランプ候補にも一定の可能性を示す数字ではあったが、なぜ天才統計学者は最終的な勝者を的確に予測できなかったのか。そこには世論調査では浮き上がってこない「隠れトランプ票」の存在がある。

 トランプ候補はデマも厭(いと)わず敵を設定して攻撃し、人種や宗教に対する差別発言を繰り返すことで支持を伸ばしてきた。ほぼすべての米国メディアがトランプ候補を批判し、クリントン候補を支持してきたのは、そうしたトランプ候補の暴言を問題視したからだった。しかし、「トランプ憎し」という極端なメディアのスタンスは世論調査の数字を狂わせた可能性がある。

 選挙で用いられる世論調査には、大まかに分けて、電話を使った伝統的な世論調査と、ネットを使った調査の2種類がある。前者は名前や年齢、職業などを調査会社に明かした上で回答する必要がある。だが、後者には匿名で回答できるものがあり、そうした調査では電話調査よりも高めにトランプ候補を支持する数字が出ていたのだ。つまり、実際にはトランプ候補を支持していても、それを公言するとメディアが作る空気によって良識派や仲間内からたたかれる。トランプ候補を支持する有権者はそれを恐れ、表面的にはクリントン候補支持と回答することで「隠れトランプ票」が生まれ、選挙予測を狂わせたのだ。今回の選挙では事前の世論調査だけでなく、当日投票の出口調査でも同じ傾向が見られている。こうした隠れトランプ票が結果に影響をもたらした可能性は非常に高い。

 
 実はシルバー氏は、今年6月に行われた英国のEU離脱を巡る国民投票でも「残留派が勝つ」と予想していた。このことが示すのは、世の中で良くないこととされる、いわゆる「ポリティカル・コレクトネス」に反した排外主義や人種差別が選挙や国民投票の争点となったとき、一定の人々は正直に社会調査に回答しないということだ。

 今回の大統領選から見えてきたのは、米国社会でポリティカル・コレクトネスが白人層の不満の源泉となっていることであり、トランプ候補を支持する層が抱えている不満をすくい上げ、分析できなかった米国のジャーナリズムや世論調査の限界である。世界中が移民排斥に向かう中、もはや「良識」を説くだけではこの問題に太刀打ちできない。メディアは大きな課題を突きつけられている。

週刊朝日 2016月11月25日号