ジョビンのピアノがコードを弾くと、アストラッド・ジルベルトが唄い出す。
「Quiet Nights Of Quiet Stars……」
長く残る余韻、ゲッツのテナーもすごい残響だ。
おっ?こいつは今までに聴いたことのない音だなあ。
SHM-CDと普通のCDを厳密に聴き比べるのに、ちょうどお誂え向きのがユニバーサルミュージックから出ていた。『これがSHM-CDだ!ジャズで聴き比べる体験サンプラー』、SHM-CDと同じ音源で、まったく同じマスタリングを施した通常CDの二枚組で、お試し価格¥1,000。前回ちょこっと書いた、お客さんへのブラインドテストには、このサンプラーを使用したのだ。お馴染みのジャズ名演13曲を収録。ほとんどすでに持ってる音源だが、実験のためにあえて購入。
SHM-CDから通常CDにかけかえてみると。おお、なんだ、こっちの「コルコヴァード」も残響がすごいではないか。どうやらわたしの所有する輸入盤の『ゲッツ/ジルベルト』に比べて、余韻多めのマスタリングがなされているようだ。
それでも、やはりSHM-CDのほうがあきらかに余韻が長く、聴きようによったら「クリアーな音質」といえなくもない。
いっぽう通常CDで聴く「コルコヴァード」は、よくいえば「アナログ的」、悪くいうなら「どんくさい音」だ。
余韻や残響などの微細な音は、オーディオ再生がまずいと、真っ先に聞こえなくなってしまう成分だから、両者を聴き比べて、「ほら、こんなに残響がよく聞こえるでしょう。これがマスターテープに近いという証拠です!」といわれたら、「そんなもんかいなあ」と思ってしまうのも無理はない。だけどね、わたしがずーっとずーっと疑問に思ってるのは、その長い余韻が、はたして本当に読み出し性能とか物理特性がよくなって復活したのかということなのだ。
「それって、CD盤じたいが鳴ってるんじゃないの???」
あたかもスタンドに吊るされたシンバルのように、あるいは、チャペルの釣り鐘のように、回転するSHM-CDのポリカーボネート盤じたいが、再生音とは別箇に音を発生して、ふたたび再生音に乗ってくる。これが幸か不幸か音楽の余韻にソックリの音なのだ!!
ウソだとお思いの皆さん、もし手元にSHM-CDがあるなら、盤を耳に近づけて軽く指ではじいてごらんなさい。おっと、盤が傷つくほど強くはじいちゃダメよ。キーンと残る余韻、まさにそれがSHM-CDサウンドの正体なのだ。
もちろんSHM-CD盤に、そういった付帯する「鳴き」があるならば、通常CD盤のプラスチックにも同じように付帯音がある。ただしそれは、音楽と似ていないから分離して聞こえ、問題なかった。SHM-CDの音が問題なのは、盤の「鳴き」が音楽に似ているからである。
「マスターテープに近づいた」のではなく、「後から鳴きを追加した」のであるから、音楽として違和感があるのは当たり前。
それよりもなによりも恐ろしいのは、レコード会社のお偉いさん方が、このSHM-CDを試聴して、「これは音が良いから売れる」と判断したことだ。また、SHM-CDを製作してる会社の人たちも、たぶん本気で「SHM-CDの音はマスターに近い」と信じ、良いものを作ろうとしているのだろう。心意気は立派だが、それは正しい選択ではない。
『これがSHM-CDだ!ジャズで聴き比べる体験サンプラー』は、現在13曲入りのベスト盤として当店BGMで活躍しているが、かけるのは専ら通常CDのほうばかり。SHM-CDは、ハッタリで聴かせるにはいいかもしれないが、とても長く聴けたものではない。さんざん売ってから「害があるのを知らなかった」では済まないのだ。芸術に余計な調味料など不要。音楽ファンとして、真摯に再検討をお願いしたい。
【収録曲一覧】
1. オール・オア・ナッシング・アット・オール(ジョン・コルトレーン)
2. コルコバード(スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト)
3. 酒とバラの日々(オスカー・ピーターソン)
4. ホワッツ・ニュー(ヘレン・メリル)
5. マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ(ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン)
6. エリノア・リグビー(ウェス・モンゴメリー)
7. この素晴らしき世界(ルイ・アームストロング)
8. 波(アントニオ・カルロス・ジョビン)
9. おいしい水(アストラッド・ジルベルト)
10. 星影のステラ(アニタ・オディ)
11. ライムハウス・ブルース(キャノンボール・アダレイ)
12. グリーン・スリーヴズ(ケニー・バレル)
13. 我が恋はここに(ビル・エヴァンス)