ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、情報元が定かではないにもかかわらず、ネット上でバッシングが横行している実情を指摘する。

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 8月18日に放送されたNHKの「ニュース7」で取り上げられた母子家庭の女子高生を巡って、ネット上で大騒動が起きている。

 自宅の部屋にNHKのカメラが入り、家計が苦しく、進学をあきらめざるを得なかった事情を話す彼女の映像に、ネット上から「いちゃもん」がついたのだ。

 彼女の部屋に置いてあったのは、大量のアニメグッズ。ネット民の「検証」により、その中から2万円近い値段のコミックや製図画材が発見され、ツイッターの書き込みからコンサートや映画、1千円以上のランチに出かけていることが「暴露」され、そもそもこの女子高生は貧困ではなく、NHKの捏造(ねつぞう)であるという「疑惑」が持ち上がったのだ。

 この「疑惑」に飛びついたのが、片山さつき参院議員だ。ネットの情報を参照し、「チケットやグッズ、ランチ節約すれば中古のパソコンは十分買えるでしょうからあれっと思う方も当然いらっしゃるでしょう」とバッシングに便乗。疑惑を持つネットユーザーたちから喝采を浴びた。

 政治家だけでなく、企業が運営するネットメディアもバッシングに参戦。8月25日、「ビジネスジャーナル」がネット上の情報を元に「取材の映像でも、少女の部屋はモノで溢れており、エアコンがないと言っているにもかかわらず女子高生の部屋にはエアコンらしきものがしっかりと映っている」と報じ、女子高生と報道したNHKを批判した。

 ところが8月31日に状況は一転。同サイトに「実際には、女子高生の部屋にはエアコンはなく、取材の映像にエアコンらしきものがしっかり写っているという事実も確認できませんでした」という謝罪訂正記事が掲載されたのだ。記事ではNHKに取材をして得た回答が記述されていたが、こちらも記者の「捏造」であったことが明かされた。捏造を告発する記事が、捏造によって作られたのだからこれほどの皮肉はない。

 
 不確かな情報を元にネットでバッシングが過熱する現象は日増しに増えている。こうしたバッシングをする層は主に3種類に分けられる。一つ目は自らの信念や義憤を実現する確信犯。二つ目は誤情報を拡散して混乱を招き、それを楽しむ愉快犯。三つ目は政治や格差、安全保障など、極端な情報をまとめてアクセスを稼ぐことで広告収入を得るネットメディア。3者の動機は違うが、目的や利益が完全に一致すると、バッシングは止めようがない。

 誤情報を元にバッシングする人間に対しては名誉毀損(きそん)などの法的措置が取れる。しかし、匿名の書き込みの場合、発信者情報を突き止めるのに1年近くかかってしまい、泣き寝入りせざるを得ないケースも多い。一方、顔出し実名で貧困を訴えた女子高生はネットによって自宅が突き止められるなど、様々な個人情報がネットに晒(さら)されている。この非対称性を変えない限り、ゆがんだ情報による不条理なバッシングは止められない。一刻も早く解決の道を探るべきだ。

週刊朝日  2016年9月16日号