一方で大手仲卸は販路を拡大させ、国産マグロといった高額品だけでなく、赤身用のメバチやキハダといった安価な魚まで幅広く仕入れるようになる。零細仲卸は大手に競りかけられては勝てるわけもなく、仕入れすらままならない。
大手は様々な努力を重ね、その地位を築いている。仕入れから配達まで一元化し、取引相手のコストを減らすなどの工夫で信頼を勝ち得てきた。いかに付加価値をつけられるかは、ビジネスの世界でもはや常識だ。だが家族経営の零細仲卸にそこまでする体力はない。父と叔父、私の3人しかいなかった私の店も豊洲へ移転する体力を失い、残念ながら廃業に至った。
■魚価が上がれば魚離れ進む懸念
豊洲へ移転する前、廃業した仲卸の空き店舗が増え、問題になっていた。こうした状況は豊洲へ移転後も変わっていない。1980年代の終わり、1千を超えていた仲卸業者の数は豊洲移転時には500を下回った。さらに移転後もコロナ禍の打撃を受けて減り続けている。市場内の空き店舗は、ビジネスモデルの転換と格差の象徴だ。こうした淘汰(とうた)を時代の変化と割り切っていいものか。この間、目が利く魅力ある人材の多くが市場を去っていった。廃業を経験した人間としてはやり切れない。
豊洲移転後、マグロの価格は上昇した。東京都の市況によれば、築地時代の17年は1キロあたりの平均価格は2283円だったが、昨年は3015円と、700円以上高い。特に国産マグロが顕著だ。例年、国産マグロが多く入荷する6月は17年2183円に対し、昨年は3004円。入荷量は17年より200トン以上多いのに、価格は下がらない。かつて私がいた頃は、入荷量が多いとき、荷受は価格を下げて売っていた。
手ごろな値段の魚がなくなれば、直撃を受けるのは資金力がない零細仲卸だ。「荷受はもう自分たちを相手にしていない」。そんな零細仲卸の嘆きが聞こえる。コスト高に伴う価格転嫁は産地を守るうえで必要なことだが、魚価の高騰は消費者の魚離れを加速させかねず、最終的には誰も幸せにしない。
「豊洲に行ったら、もう仲卸はいらなくなるんだよ」。かつて移転前に廃業を決めた隣の店主が残した言葉がよみがえる。
当然、零細仲卸も町の小売店も座して死を待つわけではない。手間暇をかけて大手と同じサービスに挑戦する業者もあれば、自らの強みを生かし、「小さな名店」として価値を高めるところもある。
新年恒例のめでたい一番マグロを巡る報道の裏に、中小零細業者の生き残りをかけた奮闘がある。市場内の格差問題とは、超富裕層とそれ以外という消費者の二極化の縮図でもある。(勝木淳)
※週刊朝日 2023年2月24日号