ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる、ジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。本県で起きた地震の報道から紙メディアの力を見ることができたという。

*  *  *

 ここ数年来、出版不況の波はとどまるところを知らない。新聞の発行部数や雑誌・書籍の売り上げは90年代をピークに、ここ15年ほど毎年右肩下がりになっている。「紙」を発行している出版社の経営状況はどこも青息吐息だ。

 消費者はなぜ「紙離れ」を起こしているのか。娯楽の多様化や、情報機器の普及によって読者の時間が奪われているといった、もっともらしい理由はいくらでも挙げられるが、身も蓋もない言い方をすれば、「ウェブ」の登場によって多くの情報が「無料」で読めるようになったことが最大の要因であろう。

 スマホやソーシャルメディア、検索エンジンの普及によって24時間365日、欲しい情報をすぐに引き出せるようになった現在、消費者に素早く情報を届ける媒体としての「紙」の優位性はほぼなくなった。

 多くの新聞社がウェブで無料の速報を流しているのは、そうした情報環境の変化に対応するための施策と言える。しかし、ウェブで情報を無料提供する限り「売り上げ」にはならない。正確に言えば、無料のウェブサイトに広告を貼り付けることで売り上げは立つが、安定した収入になる購読料と比べるとウェブの広告収入は微々たるものでしかないのだ。多くの新聞社や出版社がウェブへの本格進出をためらうのはそうしたビジネス上の理由がある。

 ではもう「紙」に未来はないのか? 答えは「否」である。ただし、それは旧態依然のビジネスモデルを維持するのをやめ、読者が真に求めている情報をタイムリーに提供し、読者が望むときに掲載された情報を自由に引き出せる安価な有料「データベース」事業を本格化させるという条件ありきの話だ。

 
 もはや「紙」にこだわっているのは高齢者を中心とした一部の層にしか存在しない。現在の国内スマホ契約数は約7千万件。多くの人にとって情報を入手するための起点がスマホである以上、紙媒体が今まで以上にデジタル対応を進めなければならないのは自明のことである。

 その意味で熊本地震をめぐる朝日新聞社会部の「ウェブ報道」は興味深いものだった。足を使って記者6人がかりで熊本県内の避難所を調べ、施設名を羅列する記事をいち早くデジタル版で公開。ツイッターで「どなたか地図に落としませんか?」と呼びかけた。

 これにネットを通じてつながった九州内外の学生有志グループが反応。グーグルマップに避難所を落とし込む作業を買って出て、わずか1日後にはグーグルマップ上で避難所の情報を一覧できるようになった。

「紙」の調査力で検証したデータを「ウェブ」の速度感で提供し、ボランティアに落とし込み作業を任せることで、報道リソースを減らさず効率的に情報を多くの人に届けられる――「紙」と「ネット」の融合をわかりやすい形で示した事例と言えよう。

 紙メディアがどうデジタルに対応すればいいのか現場では試行錯誤が続いているが、ここにきてようやく意味のある取り組みが見られるようになってきた。どっこいまだまだ「紙」がやれることはありそうだ。

週刊朝日  2016年5月6-13日号

著者プロフィールを見る
津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

津田大介の記事一覧はこちら