これがあるから生きていける──。そうはっきりと実感できるかどうかはともかく、日常生活を営む上で、誰しも何かしらの生きがいや張り合いは必要だろう。佐藤浩市さんにとってそれは、「自分は面白いものに関わっている」という感覚なのだそうだ。
“究極の警察小説”として刊行当初から大きな話題を呼んだ横山秀夫さんの小説『64(ロクヨン)』が、佐藤さん主演で前後編2部作のエンターテインメント超大作「64─ロクヨン─前編/後編」として映画化される。佐藤さんが、横山さん原作の映像化作品で主演を務めるのは、ドラマ「逆転の夏」(2001年)、「クライマーズ・ハイ」(05年)に続き、これが3作目。
「横山作品で描かれる、社会の根底で生きる人たちのもがき方、地虫のような蠢(うごめ)き方をどう演じるべきか。そのあたりの部分は、前の2作で多少なりとも刷り込まれた感じはあります。ただ、撮影していた3カ月は、『ここさえ乗り切れれば』という芝居のピークがまったく設定できなくて、ずっと、ある種の気負いを抱えたままでした(苦笑)」
クランクインから1カ月弱経った頃、佐藤さん演じる三上が所属する警務部秘書課広報室の面々と、記者クラブの対立シーンの撮影があった。佐藤さんは、撮影前の決起集会で、若手俳優たちに向かって、「全力でぶつかってこい。俺が全力で受け止めてやる」と発破をかけた。
「若手を挑発することが、自分自身を鼓舞することにつながったんでね(笑)。芝居とはいえ、俳優が30人でかかってくるエネルギーってすごいんですよ。でもそれを跳ね返せなければ、三上という役も終わるし、俳優としての自分自身も終わりだな、と。同時に、面白い作品に参加できている実感もあった。この映画は、俳優同士の気と気がぶつかって火花を散らし合うという意味で、“CG一切なしのアクション映画”と言ってもいいのかもしれない(笑)」
映画の中で、刑事時代の三上は家にも仕事を持ち込んでいた。「だから自分は大変なんだ」「だから家庭を顧みなくて当然だ」と。それが娘の家出失踪という事態を引き起こす。
「若い頃は、僕も家庭に仕事を持ち込んで、家庭人であることを放棄していた部分があったと思います。でも、それは男の甘えなんだなってことが、今はわかる。三上の葛藤には、演じてみて発見がありました。最終的に、台本を読んだときは思ってもいなかった芝居になった」
俳優としての経験を、芝居の多様性につなげていきたい。どんな役も演じられてこそ俳優だ。そう思ってはいても、年齢を重ねるごとにオファーされる役の幅が狭まっている気がして、それは少し残念なのだとか。
「筋力や瞬発力は若い頃より劣りますけど、今の僕には経験による感情や感覚の蓄積がある。狂気をはらんだ役とかイカれた役だって、まだやれると思うし、やりたいです(笑)」
※週刊朝日 2016年5月6-13日号